コスタリカでも高まる移民排斥論と、それを押しとどめる「価値観」
国境線を超えてすぐの所にある検問所。警官が一人でドキュメントチェックしているが、ほとんどフリーパスだ
そうなると、当然「難民でもない、関係ない人が大量に流入するのではないか」という懸念が出てくる。実際、コスタリカには単純に仕事を求めてやってきたニカラグア人もたくさん住んでいる。両者の合計は、少なく見積もっても、コスタリカ全人口の1割に達する。
今年9月、コスタリカの首都サンホセにある公園で、組織的な移民排斥集会が開かれた。寛容な社会を旨とするコスタリカでは、極めて珍しい事件だ。ニカラグア系住民との衝突を懸念した警察が出動し、集会参加者と悶着を起こす事態にまで発展した。
ニカラグア人に対する差別意識などを潜在的に持っている層はこれまでも一定存在したが、それを公にすることはモラルに反すると考えられてきただけに、この事件は少なからぬ衝撃をコスタリカ社会に与えた。
それでも多くのコスタリカ人たちは、隣国人の危機に際して門戸を開くスタンスを変えない。政府も、国境開放政策をやめる気配はない。国境を警備する現場の警官も入国管理館も、ドキュメントなしでやってくるニカラグア人に対しては形式的なチェックしかせず、ほぼスルー状態だ。
それは、多くのコスタリカ人が共有する「価値観」、控えめに表現しても「建前」があるからだ。この場合、それは「基本的人権の尊重」に当たる。
関係ない人が入ってくるのを止めるために、助けが必要な人まで排除してしまえば、助けるべき人を助けられない。人権を抑圧されている人は救うべきであり、そうでない人のことは別に手立てを考えるべき話だ。
彼らが考えているのは、要するにただそれだけのことなのだが、それがなかなか通用しない国の方が圧倒的に多い。コスタリカは例外的ケースだろう。その意味で、コスタリカの難民政策は世界的な「実験」と言ってもいい。増加する難民に対し、他国と違う、しかし確固たる結論を持っているコスタリカの実践が世界にどういう影響を与えるのか、これからも注目必至である。
<文・写真/足立力也>
コスタリカ研究者、平和学・紛争解決学研究者。著書に
『丸腰国家~軍隊を放棄したコスタリカの平和戦略~』(扶桑社新書)など。コスタリカツアー(年1~2回)では企画から通訳、ガイドも務める。