流入量と同量を放流するのでは、治水目的を達しているとは言えないのでは!?
第四に、「3時間の猶予」の直後、つまり大量に放流した時間帯は、ダムへの流入量も最大で毎秒2000トン近くにまで達している。このタイミングでの放流操作であれば、いくら「流入量より多く流すことはない」といっても、「安全基準の6倍の量を放流する」ことになってしまう。必ずしも「氾濫を防ぐために最大限努力した」とは言えないということが、データから浮かび上がってくる。
つまり、国土交通省の言い分のように「流入量以上を放流しない」から「安全な操作である」という理屈は成り立たないということだ。そもそも雨がいちばん降っているときに、流入量と同じだけ放流するのであれば、治水目的を達しているとは言えないだろう。逆に、この「3時間の猶予」で描かれた「直角三角形」こそ、氾濫の急激さを如実に物語っているとも言える。
肱川の悲劇を今後の教訓とするため、住民参加型の検証を
石井啓一国土交通相は7月16日に現地を視察し、肱川流域のダムの放流操作やその周知方法などを検証する第三者委員会を設ける考えを示した。だが、ここに現地住民を入れる気配はない。
検証委員会には、現地住民も巻き込む必要がある。何より彼らは直接的な利害関係者であり、その声を聞かないで検証プロセスを進めることは、民主主義の大原則に反する。それだけでなく、長年そこで生活してきた知恵や、被災した生の声も活かせない。暮らしの中で直に川と向き合って生活してきた人びとのビビッドな声は、数的データに勝るとも劣らない重要な判断材料のはずだ。
もちろん、ここで検証したような数字やデータの分析は不可欠であり、しかも検証すべきテーマはここでは取り上げきれないほどたくさんある。それは専門家による解析を待つべきだろう。加えて、その解析が、住民の感覚と合致しているかどうか、納得の得られるものであるかは、行政という観点からは非常に重要であることを指摘しておきたい。
今回の肱川における氾濫被害は、「下流域を守るといってダムを作ったはずが、満水になってしまったダムを守るために下流域を犠牲にした」ものだと指摘する識者もいる。そうなると、これは一ダムの問題だけではすまなくなる。実際、野村ダム下流の鹿野川ダムでも、同様の現象が起きている。その意味で、今回の検証は、日本の河川行政を根本から問い直す機会にしなければならないだろう。
<文・写真/足立力也>
コスタリカ研究者、平和学・紛争解決学研究者。著書に
『丸腰国家~軍隊を放棄したコスタリカの平和戦略~』(扶桑社新書)など。コスタリカツアー(年1~2回)では企画から通訳、ガイドも務める。