最大の狙いは「窝韦(または三角糕)」。里芋を使った揚げ物だ。故郷でお気に入りの店があり、帰ったらそこで教えてもらおうと目論んでいた。だがいざ訪ねてみると「親族でもない人に、うちのレシピを簡単に明かすわけにはいかないな」とあっさり断られてしまった。
さて。いつだってなかなか思うように物事は進まないものだ。でもそう頻繁に帰ってこれるわけではない。勉強の機会と思って来たのだから簡単に諦めるわけにはゆかない。ひたすら窝韦を食べ歩く。そんな中とても美味しい店に出会った。そこへ数日に渡り通い食べ続け、少しずつ店の人と言葉を交わしうち解けていったのちに、教えていただけないものか、と願いをぶつけて見た。想いが通じ、今度は教わりに通うことになった。
そうして習得した、帰国後の「新・窝韦」は、以前と劇的な変化を遂げた。今では海蛎饼に負けず劣らず、人気の高い一品である。
窝韦(または三角糕)
そして、今年5月に2店舗目を東京都葛飾区新小岩にオープンした。夫婦で1店舗ずつ手分けして、ふたつの店を切り盛りしている。
店舗営業を終え帰宅した後は、ふたりで翌日分の「番薯丸(さつまいも団子)」を手作り。モチっとムチっとした弾力高い生地の中身は、海苔をたっぷり合わせた豚肉餡。これをあっさり塩味のスープへ。
番薯丸。サツマイモで作られた皮の中には岩海苔と肉が入っていて、酸味のあるスープで春雨とともに食べる
このスープ。実はふたつの味が提供されている。
本来福建では「笋丝(発酵した筍の調味料。“スンシ”という感じの発音)」を入れるのだが、これが実はなかなか独特の香りを放つ。その匂いたるや、中国人といえど地方が異なると思わず席を立ち店を出て行ってしまうほどだ。
実際、福記でも当初番薯丸へ笋丝を入れていた。ところが、ひと口食べて手を止めてしまう様子を立て続けに目の当たりにしてしまう。「本物の味を伝えたい」と思う反面「まずは嫌いにならず受け入れてもらいたい、好きになってほしい」ことを大切にしたほうが良い、という判断を下し、基本、入れないことにした。
が、こちら、都度対応可能なので、関心があり挑戦したい人は「笋丝を入れてください」と注文しよう。前回訪問時、はじめ入れず途中から加えてみた。するとその味わいの違いが歴然。まろやかな旨味がぐっと増す。
こうして「福記」は現在進行形で今もなお変化を続けている。
料理を専門として学んでこなかったが、林さんの「食体験を形にするセンスと」、そして「日々来店する客からの要望に応える努力」で、店は進化を遂げ続ける。
今は、さらに新たな目標ができた。
少し前に、西川口の店へ来て海蛎饼を食べた北京出身の中国人客が、とても気に入ったので再訪したら、西川口店が休業日だった。そんな気持ちで今行ったところだったという旨のメッセージが届いたので、感謝の意とともに「今日は新小岩店だけの営業で」とお詫びを返したところ、なんとその人が車を飛ばして1時間あまり、新小岩店に駆けつけてくれたのだそう。
林さんはそれにとても感激したと同時に「より多くの人々に故郷の味を知ってもらい好きになってもらいたい」という目標が生まれた。
この北京人客と喜び合って撮った1枚の写真がきっかけで、ここで初めて食べた味の感想など会話を交わしながら、(了承を得られた)来店客と記念撮影を撮り始めた。
林さんの料理によって此処で生まれた「笑顔の証」をコツコツと増やすべく、「故郷の美味しい小吃」を提供し続ける。
福記の林 必涌さん
◆新連載:「越境厨師の肖像」第一回
福建料理 福記
西川口店 埼玉県川口市西川口1−24−8
新小岩店 東京都葛飾区新小岩1−46−7
<取材・文・撮影/愛吃(アイチー)>