「故郷の味で笑顔を見たい」絶品海蛎餅で人気の西川口中華料理店店主の思い<新連載・越境厨師の肖像>

 池袋、西川口と、「チャイナタウン」となった街がメディアに登場する際、ネガティブな論調のものが多かった。しかし、最近になってそうした流れに変化が生じている。  きっかけは「グルメ」だ。中国人住民の多さもあって、日本語も通じないような店で、まさしく本場の味が楽しめるとして、中華料理愛好家が注目。そしていまや多くのメディアがポジティブに取り上げるようになっている。  中華料理愛好家としてさまざまなメディアで執筆を行う愛吃(アイチー)さんがオススメする、リアル中華菜の名店の店主が、いかなる思いで日本に来て、店を始め、人気店になっていったのか。在日中国人料理人のリアルな姿に迫る新連載、第一回は、絶品の「海蛎饼(牡蠣入り揚げ餅)」で知られ、西川口と新小岩に2店舗を持つ「福記」の林 必涌(Lin Biyong リン・ビヨン)さんだ。

あの頃の僕らには、日本は「天堂」に見えた

 高校卒業後の進路をどうするか。当時周囲では「国内の大学に進学するより外国へ」との熱が高まっていた。アメリカ・イギリス・オーストラリア・日本…彼の地へ想いを馳せ夢膨らませていた。林さんが自身の未来を描いた地は、日本。莫大な留学費用を親ばかりに頼ってはならないとKTV吧台(カラオケバー)でアルバイトをしながら、日本へ留学するための塾へ通う。 「日付まで、はっきり憶えているんだ」  2008年10月6日。林さんはついに夢に描いた「天堂(※中国語で天国やパラダイスの意味)」日本へやってきた。  期待と緊張が激しく高鳴り、忘れられない日となった。  日本語学校へ通ったのち、就職しやすいようにと異ジャンルの専門学校2校で学び続けた。卒業後、企業に就職するが、その給料だけで日本で生活をするのはなかなか困難だったそうで、勤務を終えたあと、居酒屋でアルバイトもした。この経験が、のちの人生転換の大きな契機となる。  時を同じくして、故郷である福建省福州市福清での同級生であった女性と結婚。そして程なく子も授かる。そこで日々を懸命に過ごしながら心境に変化が訪れる。  それまでの会社勤めとアルバイトをこなし自分一人分をとりあえず日々どうにか過ごしている場合ではない。一家の家長として家族を守ってゆかねば。そして何より新たなことにチャレンジしたい。  来日前のカラオケバーや日本での居酒屋でのアルバイト経験・専門学校で学んだことを活かしてできることは?と自問し思案した結果、「食」だという答えにたどり着いた。
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道を開いてくれた故郷の料理道具
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