付加価値の観点からすると、
高プロの最大の問題は、働き手の労働時間と賃金の関係が切断される点にあります。
日本の企業組織は、組織の構成員が協力して付加価値を生み出すようになっていて、働き手個人と付加価値の関係が見えにくい特徴を有しています。それは、高給の専門職であっても同じです。優れた提案で大口契約を勝ち取るコンサルタントの背後には、その人を支え、その人の分までルーチンワークを引き受ける多くのスタッフがいます。また、大口契約を勝ち取るときもあれば、失うときもあります。そのため、労働時間と賃金をリンクさせることで、長期にわたる働き手のパフォーマンスを維持し、組織全体のパフォーマンスを向上させるインセンティブとしてきたのです。
そのため、労働時間と賃金の関係が切断されると、目に見える成果が出るまで、ひたすら働かざるを得なくなります。すべての企業活動は、取引相手という他者に左右されるため、働き手個人の努力だけではどうにもならないことがあります。スランプに陥ることもあるでしょう。すると、賃金や待遇に比べて加重労働となりがちです。
それは
「(A)技術・製品・サービスのイノベーション」を阻害することに他なりません。なぜならば、加重労働によって、心身を健康に保つことは難しくなりますし、企業の外で多様な人々と交流することや仕事以外の多様な経験をすることも、困難になるからです。異なる知見を組み合わせる機会を減らせば減らすほど、(A)のイノベーションの可能性も減っていきます。
もちろん、高プロの働き手が成果を上げられないとき、企業がそれに目をつむり、賃金や待遇を保障しつつ、長期休暇や企業外での自由な行動を柔軟に認めれば、問題はありません。けれども、サービス残業やパワハラ、過労死、有給未消化の横行する現状の企業文化からすれば、極めて非現実的な想定です。まだまだ、そうした企業文化へ変えていくための法整備が必要な段階です。
高プロは
「(B)ビジネスモデルのイノベーション」も阻害します。要因は大きく2つあります。
阻害要因の第一は、長時間労働に頼るビジネスモデルからの脱却・転換の必要性を減じてしまうことです。高プロは、働き手がどれだけ長時間労働をさせても、所定の休日等を与えさえすれば、問題となりません。そのため、長時間労働に頼るビジネスモデルの企業からすれば、業績を上げようとすれば、高プロの対象となるエースの働き手を長時間労働させ、生み出す付加価値を増やすのが、もっとも手っ取り早い方法となります。
阻害要因の第二は、ビジネスモデルを動かす組織マネジメントの課題について、覆い隠してしまうことです。高プロは、組織マネジメントの課題から生じている付加価値の損失・逸失について、長時間労働で乗り越えることを可能にするためです。利益を上げられていない企業の多くには、組織マネジメントの課題があることは、パワハラやセクハラの問題が横行していることからも明らかです。それらの問題は、理にかなった組織マネジメントができていないことの表れに他なりません。
さらに、高プロは
「(C)企業のイノベーション」の足も引っ張ります。
3番目の経済構造の変化「(ウ)垂直統合から水平分散への技術転換」は、産業革命以来の大きな変化です。産業革命で化石燃料を使用するようになり、あらゆる産業分野が垂直統合、すなわち生産から販売までの資本と経営を統合的に管理する方向で向かってきました。それは、巨大な資本が国境を超えて、世界経済に大きな影響を与える多国籍企業の出現にまで至っています。
近年、この潮流が急速に逆転し始めました。インターネットや再生可能エネルギー、自動運転等の分散型技術の出現が、それを主導しています。例えば、欧州では、広域での電力の需給調整を、デジタル化された市場やヴァーチャル・パワー・プラントと呼ばれる小規模ビジネスが中心となって担い、日本のような中央統制型でなくなっています。
経済構造の転換のさなか、高プロは「(C)企業のイノベーション」も阻害します。なぜならば、経済構造の転換に由来する業績低迷であっても、従業員の「頑張り」問題に転嫁しやすいからです。銀行などの組織株主やサラリーマン経営者が、大きなリスクを取ることを回避しがちであることが、それを助長しています。
短期的には、高プロが株価を上げる可能性もあるため、より(C)のイノベーションを阻害することも懸念されます。高プロは、労働時間と賃金の関係を切断するため、結果的に付加価値の配分について、企業・経営者への配分を増やし、その分だけ働き手への配分を減らすことになります。それは、企業の実力と無関係に、株価を押し上げることになり、イノベーションの必要性から株主と経営者が逃げることを可能にするのです。
高プロが企業に与える影響は、日本経済にとっても大きな問題です。
第一の問題は、高プロによって、日本全体の付加価値の総額が増えないことです。高プロは、株主・経営者の取り分を増やし、働き手の取り分を減らすかたちで、付加価値の配分割合を変えるだけです。付加価値の総量が増加するのは、働き手がさらに長時間労働して生み出した分だけで、その分は経営者等の総取りとなります。
むしろ、高プロの導入で実力に関係なく株価が上がると、経営者等が付加価値の総量を増加させる努力を怠る恐れすらあります。それは、従来の経営方針を継続させることになります。すなわち、企業の業態やビジネスモデル、マネジメント等の構造的な課題を見えにくくし、その解決を先送りし、症状を悪化させ、手遅れにするだけです。
第二の問題は、経済構造の転換に即したイノベーションを促進できないことです。供給過少・人口増加・垂直統合の経済構造では、市場の指向が集約されていたため、少数エリートがイノベーションの担い手でした。国家や大企業、高名な研究者が、イノベーションを主導していたのです。他方、供給過剰・人口減少・水平分散の経済構造では、市場の指向がバラバラとなり、無数の小さく多様な需要が市場に存在するため、誰もがイノベーションの担い手となる必要があります。
高プロは、最大限に好意的な解釈をしても、イノベーションの担い手について、高給を得る少数エリートと捉えていることから出発しています。その路線をいくら強化しても、これからの時代に求められるイノベーションにはつながりにくいのです。高プロは、そうした誤ったイノベーション観を助長してしまうのです。
以上の結果、
日本経済は、構造的な課題に真正面から向き合う機会を失い、より低迷していくと考えられます。つまり、高プロは「労働生産性の低さ」を改善せず、「高い付加価値を生み出していく経済を追求」するという政府の方針に反し、経済の低迷を助長するのです。