高度プロフェッショナル制度が日本経済を低迷させるこれだけの理由

労働生産性とは1人当たりの「利益+賃金+税」額

 日本の労働生産性が、各国に比べて低いことは疑いありません。図表1は、2015年の労働生産性をOECD諸国間で比較したものです。1人当たりで見ると、ギリシャより低い22位。1時間当たりで見ると、イタリアやスペインより低い20位です。G7諸国では、いずれも最低です。 【図表1 OECD諸国の労働生産性比較(日本生産性本部「労働生産性の国際比較2016年版」)】

OECD諸国の労働生産性比較(日本生産性本部「労働生産性の国際比較2016年版」)

 労働生産性とは、1人当たり(もしくは1労働時間当たり)で生み出された「付加価値額」のことです。「付加価値額」は、大まかに「企業の利益額(経営者の報酬や株主への配当、企業の内部留保)」「従業員への賃金の総額」「国や自治体に支払う税金額」の3つを足した「額」です。企業の売上高から、原材料費や諸経費を差し引いた額と同じになります。  図表2は、企業の労働生産性の算出式です。 【図表2 企業の労働生産性算出式】

企業の労働生産性算出式

 さて、労働生産性を別の言葉で言い換えるとすれば「稼ぐ力」です。いくら経済規模が大きくても、労働生産性が低ければ、効率よく稼げていないことになります。経済や企業の質を表すバロメーターというわけです。図表1は、日本の経済や企業の質が低いことを示しています。

労働生産性を高められなくなった日本の企業

 労働生産性を高める方法は3つあります。(1)売上を増やす、(2)従業者数(労働時間)を減らす、(3)費用総額を減らす。  戦後の日本企業は、一貫して(1)を強く指向し、低成長時代に入った90年代半ばから、従来の(1)に加えて、リストラの名の下、(2)も指向し、あらゆる方法で展開・強化してきました。  現在の問題は、経済構造の大きな変化により、(1)も(2)も困難な手法となりつつあることです。そのため、日本の労働生産性は低下してきているのです。  経済構造には、3つの大きな変化が起きています。(ア)供給過剰・需要過少の常態化、(イ)人口減少、(ウ)垂直統合から水平分散への技術転換。  (ア)は、有史以来の大きな転換です。これまで、人々はモノを欲しがり、お金を手に入れるとモノに換えてきました。しかし、現代の日本では、ある程度のモノが充足し、モノよりもお金そのものを欲しがる人々が増え、モノの価値よりもお金の価値の方が高まりつつあります。このことが、企業が国内市場で従来の方法によって売上を増やすことを難しくしています。  (イ)も、有史以来の大きな転換です。日本の人口は、2008年をピークに減少へ転じました。政府は、人口減少に歯止めをかけようと躍起になっていますが、それらが功を奏したベストシナリオでも、2070年頃までの急激な人口減少は避けられません。人口減少は、国内市場の需要縮小をもたらす上に、働き手不足を引き起こします。今後は、リストラしなくても、企業が望まなくても、従業者数の減少は避けられないのです。  そのため、従来手法の「(1)売上を増やす」「(2)従業者数(労働時間)を減らす」によって労働生産性を改善することは、容易でなくなりました。  ところで、労働生産性の改善には「(3)費用総額を減らす」の手法もあります。特に、エネルギーや資源の効率化は、かつて日本の得意分野だったものの、90年以降は各国の後塵を拝するようになってしまい、その余地が十分にあります。図表3は、日本のエネルギー当たりの生産性に関する環境省の資料です。この取り組みは緊急性かつ重要性が高く最大限の努力が必要ですが、限界もあります。 【図表3 日本のエネルギー生産性の推移環境省資料)】

日本のエネルギー生産性の推移(環境省資料)

労働生産性のカギを握るイノベーション

「(1)売上を増やす」「(2)従業者数(労働時間)を減らす」「(3)費用総額を減らす」以外の手法で労働生産性を改善するには、企業でのイノベーション(革新)が必要です。  企業のイノベーションは、大きく3つに分かれます。(A)技術・製品・サービスのイノベーション、(B)ビジネスモデルのイノベーション、(C)企業のイノベーション(成長分野への業態変更)。  これらのイノベーションのなかで、企業として相対的に容易なイノベーションは、(A)です(あくまで(A)~(C)の間での比較であって、イノベーションそのものが容易なわけではありません)。これまでの課題を革新する製品等を生み出せば、ビジネスモデルや企業組織を変更せずに、新たな成長カーブに乗ることができるからです。  (A)のイノベーションの源泉は、働く人々のアタマにあります。従業者が、心身ともに健康な状態を保った上で、多様な価値観や知見を持つ人々と交流したり、一見すると仕事と無関係に思える様々な経験をしたりすることを通じて、これまでと異なる知見を結合させることによって生まれます。四六時中、仕事に没入することは、心身を疲労させ、視野を狭めやすくするため、イノベーションから遠ざかってしまいます。  (B)のイノベーションの源泉は、企業経営者と組織管理者の能力と挑戦力にあります。既存のビジネスモデルの課題を素早く、正確に把握・分析し、新たなビジネスモデルを考案して、実施することが求められます。一定規模の組織を動かす必要があるため、経営者や管理職の役割になります。容易なことではありませんが、成功すれば、従来のビジネスモデルにとどまる競合企業を圧倒できます。これまでの収益システムを変えることから、リスクを積極的に引き受ける挑戦力も必要とします。  (C)のイノベーションの源泉は、株主と企業経営者の構想力と挑戦力にあります。衰退する産業・業態に見切りをつけ、企業の体力があるうちに新たな成長分野を発掘し、市場・時代のニーズに合わせて企業組織そのものを適応させることが求められます。これは極めて困難なことですが、社会や技術が大きく変化するときには、企業を存続させるために不可欠となります。大口株主と最高経営責任者の最大の役割で、未来を洞察して産業を構想するとともに、果敢に挑戦する勇気も必要とします。
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高プロ制の元ではイノベーションは抑圧される
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