1969年のアポロ11打ち上げから約50年、ふたたび米国が、そして人類が月へ飛び立つ日は来るのだろうか Image Credit: NASA
残るもうひとつの疑問は、なぜこの時期に、この計画を発表したのか、ということである。
好意的に解釈すれば、月世界旅行に参加する2人との間で正式に契約が交わされたタイミングだから、あるいは公表する合意が得られたから、といった理由が考えられる。
一方で、スペースXにとってはさまざまな批判を払拭する狙いもあるかもしれない。
スペースXは2015年6月にロケットの打ち上げに失敗し、昨年9月にもロケットの爆発事故を起こし、信頼性に不安の声が出ている。またここ数年、低価格なロケットを武器に、人工衛星打ち上げ受注を多数得ていたが、事故の影響もあって捌ききれておらず、不満や批判の声も上がっている。
また、ドラゴン2は当初、2017年から地球と国際宇宙ステーションとの間で、宇宙飛行士の輸送に使われる予定だったが、開発が遅れたことで予定も遅れ、現在は2018年か、あるいは2019年までずれ込みかねないという懸念が生まれている。
そこで、今回のような派手な発表をすることで、こうした不満や批判の声をいくらか払拭する、あるいはそらす狙いがあると考えられよう。
また、もうひとつ考えられるのは、トランプ大統領へのアピールである。
NASAはトランプ大統領とその宇宙政策アドヴァイザーはつい最近、NASAが計画を進めている有人月飛行の予定を前倒しできないか、検討を要請していると報じられている。
もともとNASAは、2018年に無人の宇宙船を月へ飛ばし、その後2021年に人を乗せて月へ飛ばすことを計画しており、そのための宇宙船とロケットの開発も進んでいる。
しかし、トランプ大統領の現在の任期は2021年1月で終わるため、再選されない限り、トランプ氏が大統領であるうちに、”アポロ計画以来となる月への有人飛行”という歴史的な快挙を見届けることはできない。そこで現在の任期中である2018年の試験飛行で、いきなり人を乗せて飛ばそうとしているのである。
この動きは、無謀だとして非難の声があがるなど、ここ最近米国の宇宙業界では話題になっていた。そこへ、スペースXがタイミングよく今回の発表をぶつけてきたことは、トランプ大統領に対して「NASAよりもスペースXのほうが先に月へ行けますよ」とアピールすることになる。
またスペースXは米国の企業であり、ロケットや宇宙船の製造も米国内で行われているため、スペースXがNASAより先に、ふたたび月へ人を送ったとしても、それは「偉大なアメリカ」が成し遂げたことになる。
もっとも、イーロン・マスク氏は今回の発表の中で、「もしNASAが先に月へ行きたいと言うなら、当然NASAのほうに優先権があります」と述べ、NASAへの配慮を忘れなかった。ただ、本心ではどう考えているかはわからない。
今回のスペースXによる、野心的な月世界旅行計画の発表は、当分の間、米国の宇宙開発をかき乱すことになりそうである。今後の行く末に注目したい。
<文/鳥嶋真也>
とりしま・しんや●作家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関するニュースや論考などを書いている。近著に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)。
Webサイト:
http://kosmograd.info/
Twitter:
@Kosmograd_Info
【参考】
・SpaceX to Send Privately Crewed Dragon Spacecraft Beyond the Moon Next Year | SpaceX(
http://www.spacex.com/news/2017/02/27/spacex-send-privately-crewed-dragon-spacecraft-beyond-moon-next-year)
・SpaceX to send two private citizens around the moon and back – Spaceflight Now(
http://spaceflightnow.com/2017/02/27/spacex-to-send-two-private-citizens-around-the-moon-and-back/)
・SpaceX announces plan for circumlunar human mission – SpaceNews.com(
http://spacenews.com/spacex-announces-plan-for-circumlunar-human-mission/)
・SpaceX to fly 2 people around Moon in 2018 – SpaceFlight Insider(
http://www.spaceflightinsider.com/organizations/space-exploration-technologies/spacex-fly-2-people-around-moon-2018/)
・NASA Statement About SpaceX Private Moon Venture Announcement | NASA(
https://www.nasa.gov/press-release/nasa-statement-about-spacex-private-moon-venture-announcement)
宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュース記事や論考の執筆などを行っている。新聞やテレビ、ラジオでの解説も多数。
著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)があるほか、月刊『軍事研究』誌などでも記事を執筆。
Webサイト:
КОСМОГРАД
Twitter:
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