信頼していた資産管理担当者の裏切り、そしてガン。一世を風靡した芸術家を襲った不運

 5344万ドル(約44億円)もの大金をなくしてすぐに、今度は自分のがんが見つかる。医師から告げられたあと、ケン・ドーン氏の頭の中で、がん、父親、手術、前立腺。それらの単語が何度も渦巻いていたという。  医者に言われた通り、木曜日に病院に行った。お医者は放射線治療ではなくて外科手術による摘出を勧めたから、すぐに手術に同意。金曜日に手術した。そして、日曜日に退院して自宅に戻った。  自宅に戻った彼は、心に決めたとおり、本当にやりたかったこと--すなわち、絵を描くことをすぐに始めた。水曜日にはキャビン(アトリエの愛称)に行き、作品に取りかかったのだ。 「病院はシドニーでも最先端でね。オペの一部にロボットを使っていた。名前はダ・ビンチ。良かったよ、ヴァン・ゴッホじゃなくて。耳はまだ必要だったから」  このとき描いたシリーズは、旧日本軍の潜航艇によるシドニー湾攻撃70周年にちなんだものだ。実際には、当時、双方の軍に死者が出て、潜航艇が3隻も沈んでいる。  インタビューしていてわかったことだが、ケン・ドーン氏は穏やかで、にこやかな笑みを浮かべながら質問にこたえてくれる。優しい人柄のせいか、お金を失った憤怒や絶望を表情に出すことはなかった。しかし芸術家としてのケン・ドーン氏の作品には、そういった感情が作品に現れるのかも知れない。 「潜航艇シリーズの作品は典型的な暗さをたたえ、悪夢、沈む、死というイメージで満ちている」(現地紙ヘラルド )と評された。 「私は自分のことを絵描きだと思ってる。だから絵を描くしかない。シンプルに聞こえるけどそのまんまの意味だよ。私は絵について詳しく喋ることも理論化することでもない。夢見たり、偉そうに説くことでもない。ただ描いて、塗るだけ。たくさん失敗するし、間違う。怒って作品を壊したりする。でも描き続ける。キャンバスを埋めていく。私はいつでも絵のことを考えているよ。自宅の壁にも作品を飾り、キャビンにも数多く並べてる。例えば夜に寝ようとするとき、視界の隅にちょっとだけ、ちらりと作品が目に入る。あれでいいかな、これはどうだろうと少しずつ考える。大切なことなんだ。いつでも見ている。いつでも考えている。絵の見方にはふたつある。ひとつはそのまま見ること。もう一つは、自分の頭の中に置いてみること。頭の中に、だよ」  と、にこにこしながら指で耳のあたりを示すした
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やり場のない静かな怒り
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