そもそも、経済的・政治的観点から言えば、今回残留が「合理的な選択」であったことは多くのメディアで報じられてきた。EUが多くの問題を抱えているにしても、自由な経済活動ができる恩恵はそれ以上の価値があり、全く先行き不透明な離脱という選択肢は合理的に言えばリスクが大きすぎる。しかし、こうした見方自体がEUやグローバル化の恩恵を受けている立場からのものだ。その恩恵を実感できず、歪みのしわ寄せだけを押し付けられてきたと感じる人々にとっては、失うものがそもそもないのだから、一か八かでも変化を望むのはただの非合理的な感情論ではないのだ。また、投票前の予想では、その差が縮まってはいたとはいえ、残留派が勝つとの見方が圧倒的に強かった。そこで「どうせ残留に決まるのだから」と、現在の状況に対する抗議の意味を込めて、本心とは別に離脱に票を入れた人も多かったという。いずれにしても、これまで社会の中で見過ごされてきたと感じる人々が、中流以上の層が唱えるEU残留論に反感を感じ、離脱に票を投じたという面は大きかったと言えるだろう。
実際のところ、こうした人々が全くEUの恩恵を受けていなかったわけではない。特に製造業などはEUの巨大な市場に関税なしで輸出ができることで、雇用が創出されていると言われる。また、例えば今回離脱派が多数だったコーンウォール地方は、これまでEUから多額の補助金を得てきた地域でもあり、コーンウォール地方議会は国民投票後、その補助金が維持されるという保証を求める声明を発表した。それに、EU離脱で英国経済が不安定になることの影響は当然地方にも及ぶだろう。投票前に残留派が地方や労働者階級の声に耳を傾け、彼らの受けるメリットをきちんと説明する情報が届いていれば、結果は違っていたかもしれない。だが実際には格差が大きすぎて、中流層の多くにはこうした人々の姿が見えてすらいなかった。EU離脱が現実になるかどうかはまだ不透明だが、EUの離脱をなかったことにすればこれらの不満は更に燃え上がるだろうし、離脱をしたところで彼らの不満が根本的に解消される見込みは薄い。そうなれば更なる不満の矛先は恐らく移民へと向くだろうが、経済から福祉サービスまでが移民に支えられている英国社会が、移民なしで発展を続けるのは相当な難題だ。
こうした格差問題は、EU離脱問題以上に深刻な英国社会の問題と言えるかもしれない。果たしてこれらの格差が、これからの英国社会にどのような形で現れてくるのか、注目したい。
<文・箱崎日香里(翻訳家・ライター)>