ロックダウンを経てイギリス社会はどう変化したのか? 100日間、生活を記録していた入江敦彦氏が振り返る

私の不安を宥めてくれたロックダウン禍での「日記」

 わたしはといえば英語の学術論文を封鎖中は読み漁っていました。掲載前に記事審査のあるまともな雑誌ばかりです。おかげで妙な専門用語のボキャブラリは増えましたが、これも不安を解消してくれるようなものではなかった。結局わたしの不安をなんとか宥(なだ)めてくれたのは140Bさんのウェッブサイト毎日に書かせてもらっていた「入江敦彦の足止め喰らい日記」(改題『英国ロックダウン100日日記』/本の雑誌社)だったといえます。
英国ロックダウン100日日記

専門家でもないのに、したり顔で自分の主張を吹聴するのはやめよう。「そうであってほしい」都合のいい資料で判断せず信用に足る報道や論文を見極めよう。自分の目で観察したことだけを書こう。心掛けたのはそれだけ

 おかげさまで様々な人から「自分の不安に寄り添ってくれてます」というお言葉をいただきました。はっきりいって具体的に役に立っていたとは思わないし、さして示唆的だったわけでもない。けれど、こんなときは小動物が寒いときに集団になって暖を取るように1匹でも1人でも不安を共有できる人がいると有難いものです。  ましてや現実には社会距離開けなきゃいけないし、集団になること自体がタブーだし、密になって寄り添うなんてトンでもない状況なんですから。

ロックダウン禍の日記で伝えたかった「まいんだぎゃ」……って何??

 この本は、世界中が一番不安だったときに普通の人々が肩を寄せ合って日常を護った記録です。護るためにはどうすればいいだろうと試行錯誤した覚書です。  イギリスで地下鉄に乗ろうとするとドアの開閉時に「まいんだぎゃ」という放送が入ります。越してきた当初は何を言ってるんだかさっぱり分かんなかったのですが、これは「Mind the gap」……電車とプラットフォームの隙間に気をつけて! と教えてくれてくれてるんですね。なにほどの注意喚起になるのか甚だ疑問ですが、この放送がないと英国人は落ち着きません。  『英国ロックダウン100日日記』でわたしが書きたかったのは、ひとことでいうなら「まいんだぎゃ」なのです。
各駅に消毒ジェルの自動ディスペンサーが設置された

もう日本では常識だろうが英国では各駅に消毒ジェルの自動ディスペンサーが設置された。こういうのは直ちにかっぱらわれるお国柄だがさすがに悪党も手を出さない。コロナが公徳心をささやかに向上させているのか

 封鎖から半年。ロンドンのインペリアル・コレッジが開発したワクチンが検体検査段階にきています。発病者もステロイド薬はじめ治療法が確立しつつあります。感染検査は遅々として進みませんが保菌者の匂いを嗅ぎとるコロナ犬が実用段階に入ったなんて嘘のような話を高級紙が伝えるところまできたようです。  外出したら手を洗え。公共の場ではマスクしろ。家族以外とは2mの距離開けろ。なるべく集団は避けろ。症状が出たらNHS(国民健康保険機構)に電話(111)して指示仰げ。  半年後になって私たちにできることがそれだけだというのは不思議な気分ですらあります。が、考えようによってはそれだけでいいのです。
入江敦彦氏

先日、世話になっているカフェの店主が店先のスペースでサプライズBDパーティを開催してくれた。30人近くが間隔を気遣いつつ移動しながらお喋りに勤しむ様子は、ちょっと社交ダンスの会場みたい。自然に顔が綻ぶ

<文/入江敦彦>
入江敦彦(いりえあつひこ)●1961年京都市上京区の西陣に生まれる。多摩美術大学染織デザイン科卒業。ロンドン在住。エッセイスト。『イケズの構造』『怖いこわい京都』(ともに新潮文庫)、『英国のOFF』(新潮社)、『テ・鉄輪』(光文社文庫)、「京都人だけが」シリーズ、など京都、英国に関する著作が多数ある。近年は『ベストセラーなんかこわくない』『読む京都』(ともに本の雑誌社)など書評集も執筆。その他に『京都喰らい』(140B)、『京都でお買いもん』(新潮社)など。2020年9月『英国ロックダウン100日日記』(本の雑誌社)を上梓。
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