誤認を誘う加藤勝信官房長官の答弁手法。その「傾向と対策」

2.極端な仮定を置いて否定してみせる

 極端な仮定を置いてそれを否定してみせ、あたかも相手の指摘や疑問はあたらないかのように答える。この手法は加藤氏に限らず、話をごまかしたいときによく使われる手法だ。  上にみた9月17日午前の記者会見で加藤氏が「この会見の場は、私だけが一方的にしゃべる、ま、場合もありますけれど、基本的にはやり取りでありますから」と語ったところがそれにあたる。「私だけが一方的にしゃべる」、そういうやり方を取るつもりはなく、「やり取り」を重視する、と聞こえる言い方だが、よく考えると「私だけが一方的にしゃべる」ということは、記者の質問の機会を認めている以上、そもそもあり得ない。なのに、「加藤官房長官は一方的にしゃべるつもりはないようだ」という印象を与える。そういう印象を与えることが、意図的に狙われているのだ。  下記の国会パブリックビューイングの番組で国会審議映像を参照しながら紹介したように、働き方改革関連法案の国会審議においても、加藤氏(当時は厚生労働大臣)は同様の手法を使っている。 ●【街頭上映用日本語字幕版】国会パブリックビューイング 第2話 働き方改革-ご飯論法編-(音質改良版)  この番組の12分2分から字幕つきで示したように、2018年3月5日の参議院予算委員会で、石橋通宏議員は、野村不動産において裁量労働制の違法適用があり、その対象となっていた労働者の方が過労自殺をして労災認定されていたことを紹介し、「加藤大臣は、もちろん知っておられたんでしょうね」と尋ねた。それに対する加藤氏の答弁はこういうものだった。 「それぞれ労災で亡くなった方の状況について、逐一私のところに報告があがってくるわけではございませんので、ひとつひとつについて、そのタイミングで知っていたのかと言われれば、承知をしておりません」  これに対し、石橋議員は「知っておられなかったと、この事案」と受け止めていた。  このように文字起こしをしてみれば、加藤氏のごまかしの手法は明白だ。一つ一つの労災事案について、逐一報告が上がってくるかと言えばそうではないので、一つ一つの事案をそのタイミング(どのタイミングだ?)で把握しているかと言えばそうではない、というのがここでの加藤氏の答弁の真の意味であり、野村不動産の件については、実は何も答えていない。何も答えていないのだが、あたかも知らなかったかのように聞こえる。「承知をしておりません」と答えているからだ。  「ひとつひとつについて、そのタイミングで知っていたのかと言われれば」と加藤氏は語っているが、本当は石橋議員は、そんなことは聞いていない。野村不動産の件を聞いているのだ。なのに、そう問われているかのように勝手に論点をずらしたうえで、極端な仮定を置いてそれを否定してみせている。「ご飯論法」との合体技だ。  他に、極端な仮定をおいてそれを否定してみせることによって、相手の指摘が当たらないかのように答えて見せる例としては、「個人的に会ったことはない(仕事の場や社交の場で会った可能性は否定されていない)」「一対一で会ったことはない(秘書などと一緒に会った可能性は否定されていない)」などがある。  「すべて……」「ひとつも……」「全く……」「一つ一つについて……」「……だけ」「一切……」などの言葉は、指摘は当たらないと主張してみせる場合に使われる。要注意だ。

3.不都合な事実を隠す「ご飯論法」

 意図的な論点ずらしの答弁手法である「ご飯論法」については、安倍政権が終わり菅政権が始まるこのタイミングで改めて話題になり、かなり認知が広がってきた。  加藤氏の巧妙な論点ずらしの答弁を広く認知してもらいたくて、筆者が「朝ごはんは食べなかったんですか?」「ご飯は食べませんでした(パンは食べましたが、それは黙っておきます)」というたとえをツイッターに投稿したのは2018年5月6日。実際のどのような答弁がそれにあたるかをWEB記事に記したのは翌日5月7日。その5月7日の記事を目にしたブロガーの紙屋高雪氏がそれを「ご飯論法」として同日に言及した。 「朝ごはん」は食べたかと問われているのに「ご飯(白米)は食べていない」と勝手に論点をずらして答えるのが「ご飯論法」なのだが、なぜそうするのかと言えば、不都合な事実を答えずに済ませたいからだ。ここで言う不都合な事実とは「パンを食べた」だ。  「何も食べなかったんだな」と相手に思わせることができれば、それ以上の追及を受けずに済む。だから、嘘をつかずに、相手に逆の認識(=何も食べなかった)を与えようとするのだ。  このようなご飯論法は安倍晋三元首相や安倍政権の閣僚たちも多用してきたが、その多くはご飯論法を駆使して書かれた答弁書を棒読みしていたものと考えらえる。それに対して、加藤氏はご飯論法をアドリブで駆使できる。それだけ頭が切れる。記者には侮れない相手だ。  下記の記事で映像へのリンクを貼って紹介しているように、働き方改革関連法案の国会審議が行われていた2018年1月31日の参議院予算委員会において、加藤氏(当時は厚生労働大臣)は、浜野喜史議員の質疑に対して、アドリブでご飯論法を披露して見せた。 ●上西充子:映像で確認する「ご飯論法」(初級編)。高プロが労働者のニーズに基づくという偽装を維持した詐術(ハーバー・ビジネス・オンライン、2019年1月4日)  労働時間の規制緩和策である裁量労働制の拡大と高度プロフェッショナル制度の導入という二つの法改正について、労働者側からの要請があったのかと問うた浜野議員に対し、加藤厚生労働大臣(当時)は自分でそのようなニーズを聞き取ったかのような答弁を行った。それに対し、そういう意見があったという記録は残っているのかと浜野議員が問うと、加藤氏はこう答えた。 「いま、私がそうしたところへ、向か……あの、企業等を訪問したなかでお聞かせいただいた、そうした意見、あの、声でございます」  記録が残っているか否かを答えていない。言い淀んでいるところにも注目していただきたい。言い淀んでいるのは、不都合な言質を取られないように、うまく言い繕えるよう、頭を働かせながら答えているからだ。  浜野議員はもう一度、端的に問うている。「その記録はですね、残っているんでしょうか」と。加藤氏は、あたかも記録はないと聞こえる答弁を行う。 「そこでは、その思うところを自由に言ってほしいということでお聞かせいただいたお話でございますから、記録を残す、あるいは公表するということを前提にお話をされたものではございません」  記録はないと聞こえる答弁だが、記録があると答えたか、ないと答えたか、と注意深く聞いていれば、記録の有無には言及していないことがわかる。こういう時に大事なのは、更(さら)問い(重ね聞き)だ。浜野議員は再度、問う。「私は厚労大臣を疑うわけじゃありませんけれども、記録ないわけですね。もう一度、確認させてください」と。さて、加藤氏は何と答えたか。 「公表するという意味でお聞かせをいただいたわけではありませんが、ただ、やはりそういたフランクな話を聞かせていただくということは、私は大事なことではないかと思います」  話をそらしていることがわかるだろう。先ほどは「記録を残す、あるいは公表するということを前提にお話をされたものではございません」と、「記録」という言葉を使いながら、記録はないと思わせる答弁を行ったわけだが、更問いをされたことによって、「記録」に言及するとボロが出ると思い、話をそらしたものと思われる。  これに対し、浜野議員は、「そういうふうにおっしゃいましたけれども、記録はないということでございました」と返した。実際にはその後、記録を出せ、という話になり、記録らしきものが出され、その記録の瑕疵があらわになっていくのだが、その点は上記の記事をご確認いただきたい。  このように加藤氏は、不都合な問題があるときには、聞かれたことに誠実に答えず、往々にして論点をずらす。そのことを念頭に置いて答弁を聞き、「今のは、論点をずらしたお答えでしたが……」と、ぜひその場で、更問いをしていただきたい
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早くも始まった日替わり定食並みのご飯論法官房長官会見
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