「第3の消毒薬」として注目を集める次亜塩素酸を、化学者が両手を挙げて容認できないワケ

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第三の消毒薬が求められる背景

 これまでに高濃度のエチルアルコール(エタノール)などの消毒用アルコール次亜塩素酸ナトリウム(キッチンハイター) という古典的な消毒薬についてご紹介してきました。本来、エタノールの安価且つ潤沢な供給が行われれば、これら二つの一般的な消毒薬で事は足ります。  しかし、水回り以外で広汎に使えるエタノールが、国内には莫大にあるにもかかわらず本質からかけ離れたくだらない理由で市中から姿を消してしまっていることはシリーズ第5回第6回で指摘したとおりです。  このため市民は、消毒用アルコールに代わり手指消毒にも使える消毒薬を探して右往左往しているのが現状です。優れた有資格技能者として徹底的に訓練され、職場も手洗いに最適化されている医師や看護師ならともかく、市民に日常生活、仕事のなかで「手を洗おう」(BBCによれば少なくとも20分に一回の頻度)などと呼びかけところで安普請のスローガンでしかありません。なお現代医療において医者は、「手を洗って当然*」の職種ですので「手を洗う医者」などとネットで主張したところで、「犬はワンと鳴く」と言うのと変わらず、筆者は日々こみ上げる笑いをこらえることに苦労しています。実は、医療関係者よりも合成化学者の方がより高頻度に手を洗います。油断すると手が破壊されますし最悪の場合、悶絶して死にます。 〈*消毒と同じく、手洗いも古くて新しい技術で、医療現場への手洗いの導入は、19世紀中頃イグナッツ・ゼンメルワイスによるものであって200年の歴史すらない。手洗いは当時の医学界の権威主義により否定され、イグナッツ・ゼンメルワイスは、失意のために精神を患い、入院先での職員による暴行によって死去している。(参照:”手洗いの大切さ、発見したが報われなかった不遇の天才医師”2020/03/10ナショナルジオグラフィック日本版、”感染制御の父 イグナッツ・ゼンメルワイス” 日本BD)〉  アルコールが市中から消えている以上、現実問題として、安全かつ安価で十分な殺菌能力がある消毒薬が求められる事は当然です。そういったなか、次亜塩素酸が着目されています。

化学的にも社会的にも複雑怪奇な次亜塩素酸

 次亜塩素酸は、分子式HClOですが、実際にはH-O-Clという分子構造をしています。化学者なら、曲がっていそうな構造と一目で分かりますが、実際にそうです。そしてこのような構造の分子は、水を代表に面白い性質を示します。  次亜塩素酸は、食塩水や塩酸を電気分解することによって得られますが、同様にアルカリイオン整水器でも電気分解によって隔膜を隔てて陽極側に酸性水として次亜塩素酸水が得られます。アルカリイオン整水器の場合、塩素の供給源は水道のカルキです。製品によっては塩素供給のために食塩を加えることもあります。従って、井戸水などでは、そのままでは機能しません。流通している「次亜塩素酸水」は、食塩水を隔膜式電気分解装置で電気分解した陽極側の酸性水で、有効塩素濃度10〜80ppmのものが該当します。 「次亜塩素酸水」という名称は、食品衛生法施行規則(昭和23年厚生省令第23号)および食品、添加物等の規格基準(昭和34年厚生省告示第370号)によって定義が「塩酸又は塩化ナトリウム水溶液を電解することにより得られる,次亜塩素酸を主成分とする水溶液である。」と定まっています。この場合、有効塩素濃度は10〜80ppmのものとなりますので、「次亜塩素酸水」と称するものは、有効塩素濃度が水道蛇口の50〜100倍程度と低く、pH4〜6程度の弱酸性となります。  高濃度次亜塩素酸と称する製品は、有効塩素濃度200ppm以上ありますがこれらは製法が異なります。次亜塩素酸ナトリウム(pH9)に塩酸を加えることにより中和し次亜塩素酸とします。このとき大量の塩素が発生しますが、製品の次亜塩素酸からも塩素臭がします。この製法の違いから概ね200ppm以上、数千ppmまで商品として存在する次亜塩素酸は、「次亜塩素酸水」と名乗ることができません。  しばしば「『高濃度次亜塩素酸』は、『次亜塩素酸水』では無い」という主張が見られ神学論争化していますが、それは省令及び告示上の定義*の問題であって、化学的には本質的におなじ次亜塩素酸です。但し製法上、添加物や不純物には差異が生じます。 〈*次亜塩素酸水の成分規格改正に関する部会報告書(案)2007/03厚生労働省【次亜塩素酸の商品二態】 ●次亜塩素酸水  ・食塩水、塩酸の電気分解によってえられるもので有効塩素濃度10〜80ppm pH4〜6の弱酸性が多いがpH3前後の製品もある。 ・僅かに塩素臭を持つ場合があるが、水道水と同じく無臭であることが多い・ ●(高濃度)次亜塩素酸  ・多くは次亜塩素酸ナトリウムを塩酸で中和したもので有効塩素濃度100ppmを超える。有効塩素濃度200ppm〜5,000ppm一部それ以上の製品が見られる。pH3〜5程度の製品が多いが、pH3以下の場合もある。 ・強い塩素臭を持つものが多い。  次亜塩素酸は、不安定なために製造しても徐々に分解し塩化水素(HCl)や酸素などになってしまいます。また光や熱によっても分解が促進されます。もともと5〜6%と濃度が高く、製造後3年以内の条件付き品質維持*ができる次亜塩素酸ナトリウム(キッチンハイター)に比して、「次亜塩素酸水」は不安定且つ濃度が千分の一程度であること、高濃度次亜塩素酸も不安定且つ濃度が百分の一から十分の一程度である事から、製造後の品質維持期間がかなり短いものとなります。結果、期限を越えたのちの開封時には事実上ただの水になっていることもあり得ます。 〈*花王株式会社 「ハイター」と「キッチンハイター」の希釈の目安 (直射日光にあたる場所や高温での保管をしていない場合)〉  次亜塩素酸塩である次亜塩素酸ナトリウムNaClOは、水溶液中でほぼ完全に電離しますので、Na+とClO-の陽イオンと陰イオンとして存在します。  一方で次亜塩素酸はpHによって電離度が大きく変わりH+、ClO-、HClO、Cl2とイオンや分子など様々な化学形態で存在します。
遊離有効塩素の存在比pH依存性

遊離有効塩素の存在比pH依存性
食品安全委員会 添加物評価書 次亜塩素酸水2006/12より

 図を見るとよく分かるのですが、次亜塩素酸ナトリウムは、pH9以上でほぼ完全に電離するためにClO-(陰イオン)が有効塩素として働きます。  ところが次亜塩素酸の場合、商品として多く見かけるpH4〜6程度のものは、電離度が低いために殆どの有効塩素がHClO(分子)として存在します。  次亜塩素酸類は、漂白、殺菌作用がその強い酸化力によって行われますが、次亜塩素酸と次亜塩素酸ナトリウムでは、その働きを持つ有効塩素の化学形態が異なります。これは化学的にとても面白く、理学部化学系や家政学部食品・環境系の卒論、修論としてはワクワクする古くて新しい研究対象です。だれかやらんかの?
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ニセ科学インチキ商品論争になりがちな次亜塩素酸
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