高橋氏は殺人罪で懲役7年の実刑判決を受け服役した。しかしSPGFはその後も活動を続けた。「
千葉成田ミイラ事件①の再審支援の会」(代表は釣部氏)の団体名で、ミイラ事件を「冤罪」だと主張するシンポジウムなどを開催。その回数は200回近くに及ぶ。
同会は「冤罪」などをテーマにして、様々な部外者を巻き込み利用した。2015年には
袴田事件弁護団事務局長の小川秀世弁護士がこのシンポジウムに招かれている。また釣部氏は「冤罪のない社会を目指す 白熱教室!」と称して、2013年に
関東学院大学の宮本弘典教授のゼミ、2014年には
山口大学経済法学科ゼミと大阪経済法科大学法学部法律学科ゼミで講演を行なっている。
09年に高橋氏は出所したが、その後は表舞台に出てくることはなかった。
しかしライフスペースは、2012年に
紀藤正樹弁護士に対して民事訴訟を起こし、また弁護士会に懲戒請求も行なっている。ミイラ事件以前からライフスペースはメディアで批判的な発言をした被害者団体や弁護士などを相手に訴訟を起こすなどしており、そのSLAPP(恫喝訴訟)体質は比較的最近まで健在だった。
私自身、まだ大学生だった90年代末に、自分の個人サイトでライフスペースに言及していたことから、訴訟予告のメールで恫喝されたことがある。その際、ライフスペース側の窓口になっていたのが釣部人裕氏。釣部氏は高橋氏逮捕後もSPGFの活動を支え、「ジャーナリスト」「作家」を名乗ってSPGF外でも冤罪などをテーマとした講演活動を展開してきた。児童相談所批判も講演などのテーマの1つとしていた。
ミイラ事件当時、ライフスペースではメンバーの子供たちが学校に通わされないまま共同生活をしていたことから児童相談所が子供9人を保護するという事件も起こっている。当時の報道によると、ライフスペースではミイラ化した遺体のシーツを変えたり体を拭いたりといった「看病」もさせられていたという。
一方、高橋氏の妻・伸子氏は17年に「
一般社団法人NEOビジョンアカデミー」を設立。現在もライフスペースメンバーとともにヨガ教室などを開催している。伸子氏もこのメンバーも、釣部氏らとともに「千葉成田ミイラ事件①の再審支援の会」のシンポジウムに登壇したりスタッフとして関わったりしていた。
「千葉成田ミイラ事件①の再審支援の会」シンポジウムのチラシに掲載された高橋伸子氏と釣部人裕氏
私が2018年に釣部氏に確認したところ、高橋氏は15年12月に死去。この頃からSPGFの「冤罪シンポジウム」は開催されなくなった。
ところがこの2018頃、釣部氏は
豊島区倫理法人会の会長に就任。現在、
同会のサイトでは「会員」として、伸子氏のほか複数のライフスペースメンバーたちが顔写真入で紹介されている。うち1人と伸子氏は、ミイラ事件の際に逮捕された経歴を持つ(不起訴)。また同会の会員紹介ページでは、伸子氏の「一般社団法人NEOビジョンアカデミー」も紹介され、リンクまで張ってある。
豊島区倫理法人会の会員紹介ページに掲載されている高橋伸子氏(同会ウェブサイトより)
前述の通り、「ビジョン」は高橋弘二氏がライフスペース時代に好んで使いセミナーの名称にもなっていた単語だ。しかも豊島区倫理法人会のサイト内には〈代表の高橋さんと荒町さんは、ヨガ・瞑想歴がなんと30年!!〉などと書かれている。ライフスペース時代の「瞑想歴」も含めてカウントしてアピールしているのだ。
ライフスペースを脱会した「元メンバー」が心を入れ替えてそれぞれの道を歩んでいるのではなく、明らかに「残党」の活動である。
倫理法人会は、PL教団の前身である「
ひとのみち教団」を離脱した
丸山敏雄氏(故人)が1945年に設立した倫理運動団体「
倫理研究所」(現在は一般社団法人)の地方組織だ。豊島区倫理法人会はいわば「豊島区支部」にあたる。
企業経営者などを集めて早朝から「モーニングセミナー」などを開催しているが、保守運動ネットワークとの関係も深い。以前本紙でリポートした日本母親連盟とも関わりがある(参照:
山本太郎氏、日本母親連盟を支持者の面前でぶった斬り!)。
もともとライフスペースとは関係がない団体で、釣部氏がどのような経緯で豊島区倫理法人会の会長に収まったのかはわからない。倫理研究所に問い合わせると倫理法人会首都圏担当者は「私が赴任したときにはすでに釣部さんが会長だったので経緯はわからない」と語り、釣部氏本人は「お話することはありません」との答え。
倫理研究所の担当者は釣部氏やほかのライフスペースメンバーについて「会員の経歴をそこまで詳しく調べたりはしていないので……」と語る。しかし少なくとも釣部氏については、ミイラ事件を「冤罪」だと主張する活動を展開してきた人物であることは氏名でネットを検索すればわかりそうなものだ。
とは言え、ライフスペースは団体名を変え、また関係者はライフスペースや事件の関係者であることを示さずに活動してきた。前述のように、弁護士や大学関係者まで利用し、第三者も賛同する市民運動か何かのように見えなくもない体裁をとってきた。
こうして緩やかに擬態しつながり続けるライフスペース残党の活動に、今回、倫理研究所が巻き込まれたという構図だ。
気づかなかったこと自体を責めるのは酷かもしれない。問題は、すでに事実が判明した今後、倫理研究所がどう対処するかだろう。
倫理研究所の担当者は、「倫理法人会のモーニングセミナーについては、内容は決まっていて、商行為や勧誘活動、会と関係ない内容のものは禁じられています」と言う。しかしモーニングセミナーの内容を管理できたとしても、モーニングセミナー以外の場での関係ややりとりまで管理できるはずもない。
事件を反省していないどころか冤罪だと主張したり、ライフスペース時代の実績をひっさげてヨガだの瞑想だのと言ったりしているカルトのメンバーに、倫理法人会のほかのメンバーが接触したり感化されかねない。母体である倫理研究所は、それをよしとするのか。倫理研究所の倫理が問われる。
ミイラ事件は20年も前の事件だ。もう忘れている人や、そもそも知らない人も少なくないかもしれない。しかし「
定説などと口走っていたヒゲのグル」と言えば、思い出す人もいるのではないか。実際、倫理研究所の担当者も私が説明すると、「(そういう事件が)確かにありましたね」という反応だった。
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本サイト配信の「
オウム事件の「風化」に言及しても「風化」の実情は報じない新聞・テレビ」で、オウム問題をめぐるメディアと「風化」について書いた。しかしオウム以外のカルトの方が、より風化し忘れ去られている。
しかしオウムがそうであるように、他のカルトも完全に消滅はせず、組織が存続していたり何かしらの形で残党が活動していたりするケースが多い。事件の記憶が薄れたとしても、警戒を解いていい状況にはなったわけではないのだ。
本連載では今後、こうした団体の過去を蒸し返し、その後の経過や現状をリポートしていく。
<取材・文・写真/藤倉善郎>
【参考サイト】
ライフスペースを考える会
自己啓発セミナー対策ガイド