――西村さんはいわゆる権利意識の強いタイプではなく、何でも卒なくこなす堅実なサラリーマンという印象でした。そんな西村さんが顔を出して映画に登場するというのは勇気がいることだったのではないでしょうか。
土屋:私が映像を撮り始める時点でもう腹は括っていたと思います。西村さんは私以外にもいろんなマスメディアの取材を受けていました。西村という名前は仮名で彼自身が付けましたが、下の名前「有」は僕が付けたんです。映画の内容と関係のある「アリ」とも読めます。
撮り始めたのは2015年9月30日ですが、西村さんのお母様がその後すぐに病気で亡くなられたこともあり、負けられない闘いになったのではないかという印象です。
映画にしようと決意した時には「テレビ番組は放送が終わればさようならになりますが、今回は自主製作で作るので一生のお付き合いになります」と言っておきました。
――西村さんの勤めていた引っ越し会社は、管理職を対象にした人事研修で、口にするのも憚られるような差別用語を使用し、それに該当する人材は採用しないよう指導していました。そのような研修をする会社が悪いのはもちろんですが、指導を受けていた管理職の人たちが問題視せず、差別意識がないということに驚きました。
その証言を聞いて僕もギョッとしました。管理職の人たちは、「上層部が言うから仕方がない」ということで指示に従っていたのですが、それは差別に加担したことになりますよね。証言を聞きながら、本当はもっと怒りたかったのですが、「管理職になるには差別主義者にならないといけないんじゃないんですか?」と質問するのが精一杯でした。
会社の管理職研修の証言シーンに登場して下さった方々は全員会社を辞めた人で、残業代不払いなどの請求をしている人たちでしたが、顔を出して登場して下さったのは最終的にはお1人だけでしたね。
――西村さんが書き写していた採用基準のメモが映し出される場面もあります。
権利意識の薄い人材を募集しているんですよね。憲法や労働法等の知識がある法学部出身はもちろん採用しないし、親が弁護士、経営者もダメでした。会社がおかしなことをしていることがすぐにわかってしまうからなんでしょうね。
後から発覚することを恐れているせいか、文書としては残っていません。研修で講師がレクチャーしたことを、西村さんが書き写したメモを撮らせてもらいました。差別用語の意味も含めて採用基準を答えられないと管理職の採用試験に落ちちゃうんです。あの基準を全てきちっと答えることが出世の近道なんですね。
今はそういう言い方をしていないようですが、「100パーセント日本人が働いています」という言い方をしていた時期もあったと伺いました。非上場会社ということもあり、上層部は身内が固めています。イエスマンしか残らないシステムなんです。会社のやり方に反発した人は辞めていきました。
――ある意味、洗脳の仕方が上手いとも言えますね。
土屋:西村さんが働いていた引っ越し会社は、管理職採用の人材でも全員セールスドライバー、つまり、引っ越し作業からキャリアをスタートさせますが、1日19時間ぐらいの長時間労働をさせられているので、少しでもその労働から逃れたいという気持ちが湧きあがりますよね。極度の疲労のため思考力は落ち、苦しみから解放されたい一心でイエスマンになって、会社の言いなりになってしまうんです。
©映像グループ ローポジション
このトリックは引っ越し業界だけではなくて、あらゆる「ブラック企業」に通ずるものだと思います。争議自体は和解しているので、会社にその点を改善してもらえば解決する事案ですが、こうしたことを繰り返さないために記録として残しておきたいという気持ちがありました。
求人広告も限りなく虚偽に近いものでした。西村さんは「年収1000万円」という文言に釣られてしまいますが、実際に1000万円以上貰っていた人は10数年前に1人いただけだったそうです。