享楽的なポップが溢れた80年代に怒りの拳を突き上げたアーティストたち<戦うアルバム40選・’80年代編>

 ポップ・ミュージック史において、社会の不公正や時代の動乱と向かい合った社会的メッセージで時代に一石を投じたアルバムを紹介する「戦うアルバム」(60年代編70年代編)。3回目の今回のテーマは‘80年代。音楽ムーヴメントが起こらず、ポップなものばかりが流行ったと思われがちな時代だが、それは大きな誤解。アメリカはレーガン、イギリスはサッチャーなどのネオコン政権。社会問題では南アフリカの人種隔離政策のアパルトヘイトが国際的な問題になるなど、戦う要素はむしろ他の時代よりも多いくらいだった。

アパルトヘイトの存在を世界に示したピーター・ゲイブリエル

有刺鉄線イメージ

photo via Pexels

『III』Peter Gabriel(1980)
『III』Peter Gabriel(1980)

『III』Peter Gabriel(1980)

 ‘80年代に最も独創的なアーティストの一人として数えられたピーター・ゲイブリエル(Peter Gabriel)。70sはクラシカルなプログレ・バンド「ジェネシス」(Genesis)のフロントマンとして知られたが、ソロ3作目となったこのアルバムでは一転、ファンキーなビートを強調したグルーヴィーなサウンドと、来るべきMTV時代を想定した斬新な映像感覚で勝負するアーティストに転身。それと共に歌の題材も世界が直面する社会的な問題にメスを入れたものとなっていった。  子供の視点から核戦争の脅威を歌った「Games Without Frontiers」、そして、南アフリカのアパルトヘイトと勇敢に戦い殉死した人種問題活動家スティーヴ・ビコに捧げた「Biko」は彼のキャリアのゲームチェンジャーとなった名曲だが、とりわけ後者でアパルトヘイトの存在を知った者も少なくない。 『Penthouse And Pavement』Heaven 17(1981)
『Penthouse And Pavement』Heaven 17(1981)

『Penthouse And Pavement』Heaven 17(1981)

 MTV華やかりし時代のイギリスのシンセ・ポップというと、バブリーなイメージを抱かれがちだが、中にはかなり硬派な連中も存在した。人気グループ、The Human Leagueから分離してできた3人組Heaven17はその代表格。デビュー曲となったその名も「Fascist Groove Thing」で彼らはサッチャーとレーガンと言った保守のタカ派が英米の社会を統治する世に「ファシストの支配はごめんだ」と一撃。いきなりBBCで放送禁止処分を受ける“勲章”を獲得した。  これにとどまらず「Soul Warfare」、「The Height Of The Fighting」で彼らは、シャープな電子音を刀に、キャピタリズムに染まった世の中を斬りまくった。同じ頃、The Human Leagueは「エレクトリック・アバ」のイメージで時代随一のポップスターへと成長。双方の才能を伸ばすために幸せな分裂だったと言えよう。

いち早くアメリカの格差社会を描いたブルース・スプリングスティーン

『Nebraska』Bruce Springsteen(1982)
『Nebraska』Bruce Springsteen(1982)

『Nebraska』Bruce Springsteen(1982)

 アメリカの社会派ロッカーの代表格といえば、ブルース・スプリングスティーン(Bruce Springsteen)。アメリカの庶民の立場から前向きな生きる勇気を与えるイメージの強い彼の歌の数々だが、本作はそんな彼の作品の中でも、アメリカ国内での世知辛いダークな現実の姿を巧みに描写し、切々と歌った一作だ。  11人を無差別殺人した悪名高い実在の男女カップルを歌ったショッキングなタイトル曲で始まる本作は、貧しい町で育ち都会で犯罪を覚える者(「Atlantic City」)や、就職難にあえぐ男(「Johnny 99」)、現象ヒットとなった次作『Born In The U.S.A.』にも連なる後遺症に悩むベトナム帰還兵(「Highway Patrolman」)などのストーリーが、通常よりかなり抑制されたトーンで物語られる。格差社会が進み、「持たざる白人」も都市郊外に増加していく30数年後の今日のアメリカにも十分に通じる世界観だ。 『Punch The Clock』Elvis Costello & The Attractions(1983)
『Punch The Clock』Elvis Costello & The Attractions(1983)

『Punch The Clock』Elvis Costello & The Attractions(1983)

 パンクと共に歩調を合わせ登場したイギリスきっての辛口シンガーソングライター、エルビス・コステロ(Elvis Costello)もロック史上屈指の社会的論客だ。彼の場合、どのアルバムでも、数曲ずつ政治的な曲を織り交ぜるスタイルゆえ、一枚だけを選ぶのが難しいが、イギリスのサッチャー政権に怒りをあらわにしていた頃の本作を。  のちにRobert Wyattのカバーでも有名となった「Shipbuilding」では、造船業を荒廃させたサッチャー政権推進の民営化政策と、イギリスが当時アルゼンチンとの間に行ったフォークランド紛争を二重の意味で批判している。さらに「Pills And Soap」でも社会福祉サービスの解体を皮肉っている。  コステロのサッチャー嫌いは筋金入りで、1989年には「Tramp The Dirt Down」の中で、「オマエが死んだら墓まで行って、泥踏みつけてやる」とまで歌っている。
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今は亡き日本の名アーティストも
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