享楽的なポップが溢れた80年代に怒りの拳を突き上げたアーティストたち<戦うアルバム40選・’80年代編>

ポップな曲の中で光る鋭い言葉と叫び

『War』U2(1983)
『War』U2(1983)

『War』U2(1983)

 パンクの社会批判のスピリットを保ちながら、世界のロックの頂点にまで立ってしまった存在がU2今や世界の政治的首脳やローマ法皇とも対話ができるほどのロック界でも貴重な存在だが、本作はそんな彼らの出世作。  彼らのシグネチャー・サウンドとなる、ジ・エッジによる哀愁の鋭角ギターに乗りながら、1972年に北アイルランドでイギリス軍がデモ行進の市民を虐殺した「血の日曜日事件」を歌った「Sunday Bloody Sunday」や、ポーランドにおける民主化の口火を切った、レフ・ヴァウェンサ率いる労働組合「連帯」についての「New Year’s Day」などを、芯の通ったハイトーン・ヴォイスでボノが力強く歌い上げる。  勢い、時代が国際的にバブル的な軽さに流れていた‘80年代に、ポップな曲ばかり並ぶ中に忘れてはならない鋭い言葉と叫びをU2は投げかけた。 『Life’s A Riot Spy Vs Spy』Billy Bragg(1983)
『Life’s A Riot Spy Vs Spy』Billy Bragg(1983)

『Life’s A Riot Spy Vs Spy』Billy Bragg(1983)

 年代通して“軽さ”が求められた、国際的にバブリーなイメージが強い‘80年代だが、イギリスはロック史に残るヴィレン(悪役)、マーガレット・サッチャーの時代で、彼女にプロレストを示すアーティストが数多く登場した。同国きっての論客フォークシンガー、ビリー・ブラッグ(Billy Bragg)はその急先鋒だった。  1983年発表のこのデビュー作で最も象徴的なのは「To Have And To Have Not」。「工場は閉鎖されて、軍隊ももういっぱい」と、サッチャーの進める民営化に伴う失業者増と軍拡を責めつつ、さらに「だからって、俺が怠け者だとか、時代に取り残されてるとかって思うなよ」と切り返す。「やることはないが、ちゃんと物事は考えている」。これはパンク以降、この国の音楽家たちが音楽に向かいあう際に抱く伝統的なメンタリティでもある。

巧みにメッセージを込めたカバーアルバムも

『Covers』RCサクセション(1988)
『Covers』RCサクセション(1988)

『Covers』RCサクセション(1988)

日本のロック史において最も政治的なアルバムは?」という問いがあった場合、間違いなく一位に選ばれるであろうRCサクセションの、当時を揺るがせた問題作。「素晴らしすぎて発売できません」の新聞広告も話題を呼んだ。  おそらくチェルノブイリについて言及した、世界でも最初期のプロテスト・ソングを収録している点でも貴重だが、それに加え、忌野清志郎の高い音楽咀嚼能力と諧謔精神も絶妙に光っている。「明日なき世界」や「サマータイム・ブルース」といった50~60sのレベル・アンセムに対しては、オリジナルの意図をしっかり汲み取った上での独自発展があり、本来全く政治的なものとは関係なかった「ラヴ・ミー・テンダー」は空耳的な語感を逆手に取った洒落たセンスでロマンティック・ナンバーを最大のプロテスト・ソングに変えた。 『Scum』Napalm Death(1987)
『Scum』Napalm Death(1987)

『Scum』Napalm Death(1987)

「メタルで“戦うアルバム”を一枚」と言われると、なかなか難しい。スラッシュ・メタルなどに時折それらしい作品もあるが一貫性に欠けたり、マッチョな白人男性を中心にリスナーが保守性を帯びやすいためだ。その中で一貫してプロテストな姿勢を貫いているのが、“グラインド・コアの元祖”とも呼ばれるナパーム・デス(Napalm Death)。  UKハードコア・パンクの影響を受けた高速のリズムと、重低音をフルに下げたギター・リフの合間からデス・ヴォイスで叫ばれる言葉の数々は、言葉数を抑えたミニマルな表現ながら、社会への怒りのメッセージが込められている。現在でも名盤の誉れ高いこのデビュー作では、巨大化するキャピタリズムの中で享楽する人々を憂い、夢が失われた現実に怒りをぶつけ咆哮する姿が描かれている。
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