災害対策に緊急事態条項は必要か?<あべこべ憲法カルタ・第3回>

 現行の憲法とは”あべこべ”な憲法が制定された世界を描くことで、現行憲法への理解を深めようというコラボ連載、「あべこべ憲法カルタ」。本物のカルタは、Webメディア「チャリツモ」が制作中だ。  今回はその中から、『き』の札を紹介しよう。この札では現行憲法にはない「国家緊急権」について解説していく。2012年の自民改憲案と2018年の自民党「改憲4項目」に盛り込まれた「緊急事態条項」に規定されている新たな項目だ。

【き】緊急事態 乗り切るために 内閣(オラ)に権力(チカラ)を!

 戦争、内乱、恐慌や大規模な自然災害など、平時の政治では対処できない非常事態が起こったとき、国家の存立を維持するため、政府に権力を集中させ、非常措置を取る権限を国家緊急権という。  ひとたび濫用されると、これを覆すことが極めて難しい危険な権限であり、世界中で濫用されてきた歴史がある。特に日本では、戦時下で国家緊急権が濫用されてきた苦い経験を踏まえ、日本国憲法では国家緊急権をあえて設けていない。「緊急時の対応は事前に厳重な要件で法律を整備しておくことで対処すべき」というのが現行憲法の考え方だ。

自然災害対策には緊急事態条項が必要か?

 今回は、2018年3月に自民党が発表した改憲重点4項目「たたき台素案」の緊急事態条項を検証する。改憲重点4項目「たたき台素案」とは、自民党が現実的な改憲のやりやすさを考慮し選び出した「9条改正」「緊急事態条項」「参院選合区の解消」「教育制度の充実」の4項目のことだ。 【緊急事態条項】 第73条の2 (第1項)大地震その他の異常かつ大規模な災害により、国会による法律の制定を待ついとまがないと認める特別の事情があるときは、内閣は、法律で定めるところにより、国民の生命、身体及び財産を保護するため、政令を制定することができる。 (第2項)内閣は、前項の政令を制定したときは、法律で定めるところにより、速やかに国会の承認を求めなければならない。  (※内閣の事務を定める第73条の次に追加) 第64条の2 大地震その他の異常かつ大規模な災害により、衆議院議員の総選挙又は参議院議員の通常選挙の適正な実施が困難であると認めるときは、国会は、法律で定めるところにより、各議院の出席議員の3分の2以上の多数で、その任期の特例を定めることができる。 (※国会の章の末尾に特例規定として追加)  上記条文中の要点をまとめるとこうなる。 【第73上の2】 大地震などの大規模災害で、国会による法律制定の時間的余裕がないときに、内閣が法律に変わる「政令」を制定することができる。そこで制定された政令は、速やかに国会の承認を求めなければならない。 【第64上の2】 大規模災害で国政選挙が実施できないときは、各議員の出席議員の2文の2以上の賛成があれば、任期の延長ができる。  実は2012年に発表された自民党の改憲草案にも緊急事態条項は用意されていた。(日本国憲法改正草案 第9章 緊急事態)しかし、この自民党改憲草案の中で言う「緊急事態」の中には「我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱」の場合も含まれていたため、戦争を前提とした憲法改正だとして多くの批判が上がった。  そうした批判を踏まえ、4項目に絞って出されたのが2018年の改憲4項目たたき台素案だ。素案の条文では緊急事態の定義が「大地震その他の異常かつ大規模な災害」と書かれ、武力攻撃を受けた場合や内乱が起きた場合を明示していない。  素案に付された説明には、緊急事態条項を設けた理由として「巨大地震や津波が発生しており、南海トラフ地震や首都直下型地震などについても、想定される最大規模の地震や津波等へ迅速に対処する」ためだと書かれている。  改憲4項目が出された後の、自民党の説明や議員の発言でも、あたかも地震などの「自然災害」のみを対象にしているかのような物言いが続き、武力や内乱といったキーワードは出てこない。  ただ素案をよく読むと「自然」災害という限定はなく、単に「災害」とだけ記載されていることに注意したい。「災害」には、武力攻撃災害も含むという法解釈も可能であることから、自然災害のみならず武力攻撃の場面を想定しているのだという批判もある。  しかし、今回は武力攻撃の場面については検証せず、この条文の「災害」を「自然災害」と解釈した場合の話をしたいと思う。 なぜなら、自然災害のみを前提とした場合においても、緊急事態条項は、憲法に必要なのか?という疑問が残るからである。  今回の記事を書くにあたっては、『憲法に緊急事態条項は必要か』(岩波書店)などの著者で、災害・緊急事態条項に詳しい永井幸寿弁護士にご指導いただいた。

日弁連災害対策復興委員会・緊急時法制PT座長 永井幸寿弁護士

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そもそも緊急事態条項とはなにか
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