災害対策に緊急事態条項は必要か?<あべこべ憲法カルタ・第3回>

【こんなにあるのにまだ足りない?】緊急事態に権限を集中させるその他の法律一覧

 緊急事態条項のない日本国憲法下では「緊急事態に対応するすべがない」という主張をよく耳にするが、そんなことはない。前出の災害対策基本法をはじめとして、緊急事態に対応するための多くの法律が既に存在している。  そして、内閣総理大臣に権限を集中させる法律も存在する。 (1)国民に物資をみだりに購入させないように協力を要求する(災害対策基本法108条の3) (2)省庁や地方自治体、JRやNTTなどに必要な指示を出す(大規模地震対策特別措置法13条1項) (3)防衛大臣に自衛隊法8条に規定する部隊等の派遣を要請する(大規模地震対策特別措置法13条2項)本来は防衛大臣に帰属する権限を内閣総理大臣に帰属させている (4)警察庁長官を直接指揮監督し、一時的に警察を統制(警察法72条) (5)原発事故の場合に市町村長、都道府県知事に対して避難の立ち退き、または屋内避難のため勧告・指示を出すよう指示することができる(原子力災害対策特別措置法15条、16条)  さらに、災害救助法には都道府県知事および市町村長に強制的に執行する権限が定められており、これに対する罰則も設けられている。  このように、内閣に立法権を認める規定、内閣総理大臣に権限を集中させる規定、必要に応じて人権を制限する法律が現行憲法下でも存在する。

現行憲法のせいで災害時のガレキ撤去もできない、という「嘘」

 緊急事態条項は東日本大震災の翌年、2012年の自民党改憲草案から登場した。緊急事態条項の創設に賛成する論者たちは、東日本大震災を引き合いに出し、災害対策において『憲法が障害になることが明らかになった』という意見を繰り返し述べてきた。緊急事態条項の必要性を主張する憲法学者の百地章氏は、自身が監修する著書(※)の中で「東日本大震災の時、ガレキは個人の所有物が流れたものであり、それらを勝手に処分すれば憲法の『財産権』を侵害することになりかねないということで、ガレキ処理は遅々として進みませんでした」という書いている。救助活動や災害支援の現場において、憲法が大きな壁となっている旨を主張しているのだ。 ※ 女子の集まる憲法おしゃべりカフェ(2014年、明成社)  これに対して永井弁護士は「財産権を定める憲法29条2項『財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める』と記載がある。これは憲法が財産権については法律で広く制限できると定めているのです。これ以上変えようがないはず」と言う。  つまり、財産権は公共の福祉に適合するように法律によって内容を定めることができるのである。憲法に緊急事態の記載がなくても、財産権を制約する法律は定めることができるし、それに従えば違憲の問題も生じない。ちなみにガレキ処理は災害対策基本法64条2項により市町村長が行うことができると定められており、この法律は東日本大震災よりずっと前から存在している【災害対策基本法 第64条 2項】 市町村長は、当該市町村の地域に係る災害が発生し、又はまさに発生しようとしている場合において、応急措置を実施するため緊急の必要があると認めるときは、現場の災害を受けた工作物又は物件で当該応急措置の実施の支障となるもの(以下この条において「工作物等」という。)の除去その他必要な措置をとることができる。 この場合において、工作物等を除去したときは、市町村長は、当該工作物等を保管しなければならない。  日本弁護士連合会が東日本大震災の被災三県の24市町村に対し実施したアンケートで「災害対策・災害対応について憲法は障害になったか」という質問に、1自治体を除いて23の自治体が「障害にならない」と答えた。このアンケートを担当したのは永井弁護士だ。もしも災害現場でガレキの処分に迷うことがあれば、現場の担当者が災害時の法律の内容や制度の適切な運用についてきちんとした知識がないことが問題なのであって、憲法に緊急事態条項がないことが問題ではないのだ。何でもかんでも憲法のせいだと責任転嫁する論客には注意しなければならない。  永井氏は緊急事態条項待望論に対して、このように釘を刺す。 「災害対策の原則は『準備していないことはできない』ということだ。災害対策は過去の災害を検証し、これに基づいて将来の災害に備えて効果的な対策を準備する。今、非常事態条項はまるで魔法の杖のように、非常事態条項さえあれば何でも解決するようにいわれているが、そうではない。災害が発生した後に、権力を集中させても何もできない」
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