そして注意しなければならないのは、オープンな広場からクローズドなリビングルームへの移行を進めているのはフェイスブックだけではないという点だ。ネット世論操作もプログラム化されたボットを利用して大規模にメッセージを拡散する方式から、攻撃対象の現地の人間を協力者に採用して人手による拡散に移行している。ネット世論操作が広く認知されてしまい、ボットのように単純で目立つ活動は発見され、排除されるようになってきたからだ。現地の人間が人手で行う拡散はふつうのネットのコミュニケーションと区別がつかないので、監視を逃れやすくなる(参照:
『ロシアのネット世論操作の手法と威力。英米2つのリポートで明らかに』)。
フェイスブックの「プライバシー重視」は、こうしたネット世論操作を行う組織を利する可能性が高い。雇われた工作員が暗号化したメッセージを拡散し、短期間でそれが消えるのである。しかもフェイスブック、WhatsApp、インスタグラムの3つのSNSをまたがって利用できる。ネット世論操作に利用するための利便性が高くなる。
ネット世論操作は産業化しており、組織した個人を効率的に秘密に使うように変わってきている。そのためにはフェイスブック社が作ろうとしている「リビングルーム」のように暗号化された安全な仕組みがまさにうってつけなのだ。
ヘイトやフェイクニュースを流しても排除されることがなくなる可能性もある。なぜなら新しいプライバシー重視のサービスでは、フェイクニュースが流通するのは個人間のメッセージであり、暗号化されている。プライバシー重視の観点からも内容をいちいち検閲することはできない。これはFB社に、コンテンツモデレーションも不要になるというメリットをもたらす(なぜなら個人間の暗号化されたメッセージだからモデレーションは不要)。
「仮想通貨プロジェクト」が生み出す世論操作のエコシステム
2019年5月2日のウォールストリートジャーナル『
Facebook Building Cryptocurrency-Based Payments System』によると、仮想通貨プロジェクトの名称は「Libra」でVisaやマスター、大手決済処理会社などと連携して開発を進めている。
『フェイスブックがつくる“仮想通貨”は、ブロックチェーンの真価を発揮できるのか』(2019年3月5日、ワイアード)、
『Facebook and Telegram Are Hoping to Succeed Where Bitcoin Failed』(2019年2月19日、The NewYork Times)でも詳しい内容が紹介されている。
Libraが実現すれば仮想通貨による個人間送金が可能になる他、各種決済手段での利用や広告を見た利用者にインセンティブとしてコインを支払うことも検討されている。利用者の利便性が高まる可能性と同時に、資金洗浄など犯罪利用のリスクも懸念されている。最初のテストはインドで行われると前掲のワイアードの記事は報じている。インドではスモールビジネスの80%がWhatsAppを利用しており、セールス情報などを流している。また国境をまたいだ送金も多い。
ワイアード誌の『
FACEBOOK’S CRYPTOCURRENCY MIGHT WORK LIKE LOYALTY POINTS』(2019年5月3日)によると、仮想通貨はフェイスブック利用を促進するためのロイヤリティプログラム(Uber Cashのような)のようなもので、これによってフェイスブックのエコシステムは強化されるとしている。
しかしUberとは規模が違う。アジア、ラテンアメリカ、アフリカの国々に対して国家単位のサブプログラムを提供すれば、愛国心というロイヤリティプログラムのサービスを提供できる規模だ。後述するようにベネズエラでは仮想通貨と連動した愛国心を煽るネット世論操作が行われていた。もしフェイスブックの仮想通貨が利用できたなら、もっと簡単にうまくできたかもしれない。
仮想通貨に関しては言うまでもなく、ネット世論操作産業での資金移動に使用するのに適している。フェイスブックやWhatsApp、インスタグラムで特定の政治家を批判するメッセージやフェイクニュースを送ったり、そうした投稿に「いいね!」を押したりすることで仮想通貨の支払いに結びつけばフェイスブックの中でネット世論操作用に完結したエコシステムを作ることができる。
実はベネズエラではすでにこれに似た仕組みがあった。「ハッシュタグ拡散に協力してくれた謝礼を、ベネズエラ政府が発行するIDカード(マザーランドカード)とデジタルワレットおよび専用アプリを介して支払っている。カネを受けとるために国民は自らの情報を登録している。このアカウントは1週間で5800人に謝礼を支払ったとツイートしている。カネで世論を買う、売るという行為が日常的に行われているのだ。2018年5月のツイートによると一人当たりの謝礼の金額はベネズエラの平均月収の3分の1に達していたという。」(参照:『
激動のベネズエラ。斜陽国家の独裁者を支持すべく、暗躍するネット世論操作の実態』より)
今回のフェイスブックの仮想通貨を使えば、より大規模で完成度の高い仕組みを構築できるだろう。