ネット世論操作の最先端実験場メキシコ。メディアとジャーナリズムは対抗

メキシコのネット世論操作産業と対抗組織

 メキシコではネット世論操作が盛んである。といっても世界中で広まっているので、そのことが特段すごいわけではない。  2017年5月9日にMOTHERBOARDに掲載された『Mexico’s Troll Bots Are Threatening the Lives of Activists』によると、2010年にはすでにボットの活動が発見されていた。メキシコではSNSが政治的なツールとして広く活用されており、人権活動家などが使う一方、政治家が選挙のために使用したりしてフェイクニュースのあふれている状況だという。そしてボットやトロールに煽られた人々がジャーナリストに嫌がらせを行い、命の危険を感じさせるほどになっている。  気になるロシアの干渉について、BBCなどいくつかの媒体が触れているが、はっきりした証拠のあるものはない。たとえば、『Bots and Trolls Elbow Into Mexico’s Crowded Electoral Field』(ニューヨークタイムズ、2018年5月1日)によれば、2017年12月、 アメリカの安全保障アドバイザーがメキシコの選挙にロシアの干渉の前兆があるとスピーチで述べたことが取り上げられているが、その詳細については不明である。ロシアは否定し、メキシコの選挙関係者はなにも見つかっていないとコメントしている。  ロシアは反米の傾向の強いオブラドールが大統領になることを望んでいたという分析もある。この分野の専門家であるManuel Cossío Ramosによると、オブラドールに関する4800万のSNSの投稿の63%はロシア、20%はウクライナからだったという。他の2人の候補者の場合、海外からのものはほとんどアメリカで、4%のみがロシアからだった。ただし、他の専門家によるとこれらについて事実の確認できなかったという。このように、ロシアの干渉について疑いがあるものの、決め手になる証拠がまだない。  ネット世論操作についてメキシコが他の国と大きく違うのは、フェイクニュース会社とも言える企業とその創業者がメディアに露出している点である。  デジタル・フォレンジックラボは、2018年7月1日に行われたメキシコの総選挙に先立つ6月28日、フェイクニュース企業Victory Labとその創業者にしてフェイクニュース王であるCarlos Merloの行ったネット世論操作に関するレポートを公開した。  同社は昨年のメキシコの選挙の際にオブラドール大統領候補に対してネット世論操作による攻撃を仕掛けていたのだ。 ●『#ElectionWatch: Trending Beyond Borders in Mexico』   この記事によると、フェイクニュース王Merloは2017年以降、主なもので4回のメディアからのインタビューを受けている。 ●El millonario negocio detrás de los sitios de ‘fake news’ en México  ●El negocio detrás de las noticias falsas  ●FAKENEWS Cuando las mentiras políticas son un negocioEl mercado global de los “me gusta” falsos

SNSでいいねや拡散を行う「下請け業者」

   インタビューでの彼の回答によると、数十人のスタッフを抱え、およそ200人のボランティアがいる。そして充分古く信頼できそうに見える150のサイトを運営している。さらに“sects” と呼ばれる下請けにいくつかの業務を外注している。“sects” はSNSでいね!やリツイートなどの拡散を行う集団でメキシコではいくつも存在している。産業化しているのである。Merloもまたその産業の中のひとりのプレイヤーでしかない。  彼らはフェイスブックとツイッターのボットを使っており、少なくとも400万アカウント(最大1千万)を使っているとしている。  料金は基本セットで6カ月$2,444、もっとも高額なセットは$50,000だという。インタビューではサイト名などは伏せられていたが、デジタル・フォレンジックラボは活動の具体的な実態を暴くことに成功した。  また、デジタル・フォレンジックラボは同社の書き込みと反応について詳細な分析を行っている。ある書き込みではVictory Labの書き込みへのいいね!の多くはメキシコよりもアジア、特にインドから多くきていた。多数のいいね!がついているのに対してコメントなどが全くないという特徴がある。他の例ではブラジルから多くのいいね!が来ていた。これらからデジタル・フォレンジックラボはVictory Labの書き込みに対する反応は国外(インド、ブラジル)が多く、いわゆる”いいね!”工場から買ったものである可能性が高いと結論している。  2015年に作られたツイッターアカウント”@Victory_Lab”は多くリツイートされているが、そのほとんどは鍵付きである。これは過去にもあったボットの近い方に似ている。なお6月25日にこれらのアカウントはボットとみなされ、凍結された。  デジタル・フォレンジックラボはこのアカウントのフォロワーを分析した結果、アジアを拠点にするボット業者の関与が疑われ、特にインドとインドネシアに関してはその可能性が高いとしている。  なお、選挙の結果、オブラドールは大統領に当選し、Merloのネット世論操作は不発に終わった。今回の選挙では圧倒的にオブラドール候補が強かったため、ネット世論操作の出番はなかったが、本番はこれからだ、と彼は考えている。

メディアに露出する「フェイクニュース王」

 メキシコに存在するネット世論操作企業は多数あるが、彼ほどメディアに露出している経営者は他にいない。  彼がBuzzFeedNewsの取材を受けたものが、2018年8月18日の『「フェイクニュース王におれはなる!」 SNSの力で「次のメキシコ大統領を選ぶ」と豪語 』(BuzzFeedNews)という記事にまとめられている。  この記事ではBuzzFeedNewsのためにデモンストレーションをしている。ハッシュタグをトレンドのトップにするには1万ドルかかると説明していた。フェイスブックやツイッターのチェックを逃れて政治家の依頼を実行するのは難しくなく、一番難しいのは依頼主にちゃんとカネをもらうことだという。Merloによればメキシコでトレンドに載る9割はこうしたネット世論操作企業が関与しているという(彼の表現ではデジタル・マーケティング会社)。  取材に答えてMerloは4,000のフェイスブックページを持ち、連携させてキャンペーンを行うと説明していた。多数のフェイスブックページを連携させる手法はネット世論操作業界の運用方法の変化と同じだ。  他の記事(『In Mexico, fake news creators up their game ahead of election』、2018年6月28日)によると、メキシコの世論操作はじょじょに大規模なボットネットワークからゆるやかに連携する小規模のネットワークに取って代わられ、WhatsAppを使ってクローズドなグループにメッセージを流すようになってきている。つまりより不可視化が進んでいるのだ。
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言論封殺に利用されるスパイウェア
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