子どもたちを振り回す「2世」という鎖<短期集中連載・幸福の科学という「家庭ディストピア」2>

ある2世信者による殺人事件

 2015年、山梨県河口湖町で、当時高校3年生だった少年が祖父母を刺し殺す事件があった。少年は殺人罪に問われ、2016年に山梨地裁で懲役10~15年の実刑判決が下った。
事件現場

被害者遺族が加害者家族という事情もあってか、事件現場となった祖父母の自宅家は事件から1年後も無人で手付かずのままだった

 当時、この少年の公判を傍聴した。その内容をまとめると、こうだ。  少年は幸福の科学の2世信者だった。殺された祖父母は創価学会員だったが熱心な活動はしていなかったようで、少年の母の誘いで幸福の科学にも籍があったようだ。  地方の小さな町のことでもある。少年一家が幸福の科学信者であることは周囲にも知られていた。少年の父親が病気で働けず常に自宅にいてときおり近所に知れ渡る騒ぎを起こすこともあったため、「複雑な家庭」であることは近隣の目からも明らかだった。  少年は学校のクラスに友達がおらず、家庭の事情や幸福の科学信者であることをネタにいじめられていた。後輩から金銭をたかられたりもしていた。  そのため、高校を中退しHSUに入りたいと考えた。しかし学力が足りないということで、幸福の科学学園にまず入ることを希望した。同じ志を持つ仲間と、高校生活からやり直したいと考えたのだ。  しかし母親から「幸福の科学学園とHSUの両方は金銭的に難しい。どちらか片方ならなんとかなる」と言われる。少年は、祖父母の遺産が母に入れば学園とHSUの両方に行けるのではないかと考え、犯行に及んだ。  少年の家では母親が家計を支え、殺された祖父母から毎月3万円前後と不定期の金銭援助を受けていた。  母親は日々の生活に疲弊しており、少年が幼少の頃から少年に対する関心が薄く、食事も満足に与えない場面も多々あった。子供を家に残したまま家出するといったことも繰り返していた。母親は尋問で「子供のことを考えている余裕はなかった」と答えている。犯行直前には、一家は互いの会話もなく、毎日の食事の時間や場所すらもバラバラという状態だったという。  それでいて、母親は幸福の科学には通っていた。犯行直前にも、少年を地元の教団支部に連れて行っている。また経済的に苦しい中、母親は臨時収入があった際に幸福の科学の100万円の御本尊を購入していた。  弁護側は精神鑑定に基づき、少年は結果を見通す能力が低く、対人的な機微に疎く、雰囲気が読めず、不快感情にもろく、対処力が弱い傾向があると主張した。愛情不足を物欲で満たそうとする傾向も指摘し、減刑を求めた。  検察も、少年の特性については否定しなかった。しかし検察側証人の医師は、少年は行為障害ではあるが、統合失調症など狭義の精神疾患や発達障害には該当しないと証言した。  最終的に、減刑されることはなく、懲役10~15年という検察の求刑通りの判決が下った。  殺人を実行してしまった直接の要因としては本人のパーソナリティの問題が大きいことは明らかだ。決して、幸福の科学の信仰が犯罪を生んだとは言えない。  しかし、宗教にカネや時間を割く母親が、もしそれをもう少し少年に向けていたら。周囲が差別的ないじめをすることがなく、あるいはそういういじめをやめさせる努力をして少年の孤立感を和らげることができていたら。幸福の科学が、困窮している少年の家庭に100万円もの御本尊を買わせるなどという無茶なことを踏みとどまっていたら。
幸福の科学山梨東部支部(当時)

少年と母親が通っていた幸福の科学山梨東部支部。事件後、閉鎖された

 たとえ本人のパーソナリティが犯罪に大きく関わるものであったとしても、それが最悪の形で発動することを防ぐことは本来できる。この事件の場合、それがなかった。むしろ事件への間接的な要因を増幅させるものとして、「宗教」とそれに対処できない家庭や社会(学校や地域)があった。  Bさんのケースにもあるように、2世問題には教団や親の問題に加えて、社会からの差別という側面もある。その意味でも、河口湖町の事件は2世問題がからむ最悪の事例として軽視できない。  ここには、害をなしていない個別の信者や2世を社会が追い詰めることがあってはならないという、社会にとっての教訓もある。
次のページ
教祖2世と信者2世
1
2
3
4
バナー 日本を壊した安倍政権
新着記事

ハーバービジネスオンライン編集部からのお知らせ

政治・経済

コロナ禍でむしろ沁みる「全員悪人」の祭典。映画『ジェントルメン』の魅力

カルチャー・スポーツ

頻発する「検索汚染」とキーワードによる検索の限界

社会

ロンドン再封鎖16週目。最終回・英国社会は「新たな段階」に。<入江敦彦の『足止め喰らい日記』嫌々乍らReturns>

国際

仮想通貨は“仮想”な存在なのか? 拡大する現実世界への影響

政治・経済

漫画『進撃の巨人』で政治のエッセンスを。 良質なエンターテイメントは「政治離れ」の処方箋

カルチャー・スポーツ

上司の「応援」なんて部下には響かない!? 今すぐ職場に導入するべきモチベーションアップの方法

社会

64bitへのWindowsの流れ。そして、32bit版Windowsの終焉

社会

再び訪れる「就職氷河期」。縁故優遇政権を終わらせるのは今

政治・経済

微表情研究の世界的権威に聞いた、AI表情分析技術の展望

社会

PDFの生みの親、チャールズ・ゲシキ氏死去。その技術と歴史を振り返る

社会

新年度で登場した「どうしてもソリが合わない同僚」と付き合う方法

社会

マンガでわかる「ウイルスの変異」ってなに?

社会

アンソニー・ホプキンスのオスカー受賞は「番狂わせ」なんかじゃない! 映画『ファーザー』のここが凄い

カルチャー・スポーツ

ネットで話題の「陰謀論チャート」を徹底解説&日本語訳してみた

社会

ロンドン再封鎖15週目。肥満やペットに現れ出したニューノーマル社会の歪み<入江敦彦の『足止め喰らい日記』嫌々乍らReturns>

社会

「ケーキの出前」に「高級ブランドのサブスク」も――コロナ禍のなか「進化」する百貨店

政治・経済

「高度外国人材」という言葉に潜む欺瞞と、日本が搾取し依存する圧倒的多数の外国人労働者の実像とは?

社会