「歴史的事実は誰が書いても一緒」にはならない、たった一つの確かな理由~百田尚樹氏『日本国紀』

11月30日時点ではAmazon総合ランキングでは5位に位置する『日本国紀』(幻冬舎)。4刷で、当初から指摘されていた男系についての誤った記述が訂正されていたが、その他箇所についての見解はいまだ発表されていない

「私たちは何者なのか――。」  何者なのでしょうね。  最近書店に行くと、しばしば入り口近くの棚に、このキャッチコピーが印字されたポスター等とともに「日本国紀」と書かれた白い紙の束が並んでいるのが視界に入ります。このキャッチコピーはおそらく読者への問いかけなのでしょう。しかし、今となってはこの紙の束を製作した方々の自問自答のように思えてなりません。  先の記事(「話題沸騰の書、百田尚樹著『日本国紀』を100倍楽しみ、有意義に活用する方法」)では、その紙の束が、作家百田尚樹氏による「日本通史の決定版」(帯文より)という触れ込みの著作物であるという前提のもと、その内容の矛盾や著者の知識の浅薄さ、他の著作物のアイディアの不正確で不適切な流用と思われる箇所等を指摘しましたが、もはや事態はそういった内容について云々するといった次元をはるかに超えてしまいました。  というのも、当該記事の公開直後より、同書にはWikipediaをはじめとするネット上の記事からの流用と思しき箇所が多数あることが次々に発覚し、今や同書はSNS上でコピペのネタ元探しのためのゲームブック扱いされている一方、一部には同書をうやうやしく神棚に供え、信仰対象にも似た扱いをされているエクストリームな方々もいるといった具合で、こうして最近流行りの両論併記風に事態を説明しようとしてみても、もはや何が何やらわけがわからない、じつに混沌とした状況が続いています。  著者である百田氏、そして編集者として同書に関わった有本香氏の言動もまた、混迷の度合いをますます深める主要因となっています。 “【拡散希望】 私がウィキペディア(以下ウィキ)から大量のコピペをしたという悪意ある中傷が拡散していますが、執筆にあたっては大量の資料にあたりました。その中にはもちろんウィキもあります。しかしウィキから引用したものは、全体(500頁)の中の1頁分にも満たないものです。” 出典:https://twitter.com/hyakutanaoki/status/1065064111283699712  百田氏は11月21日に突如として上記のようにツイートしたかと思いきや、そのわずか3日後には、 “『日本国紀』 ネット上に猛烈なアンチがわいている。 僅かなミスを指摘して、「嘘本!」呼ばわり。全体の1%にも満たないwikiからの引用を取り上げて、「コピペだ!」と印象操作。 『日本国紀』を多くの人に読ませたくないという勢力があるのだろう。 たしかに本の後半を読めば、それがわかる。” 出典:https://twitter.com/hyakutanaoki/status/1066308065295618058 と、Wikipediaコピペ疑惑に関して1頁から1%へとゴールポストを勝手に動かして問題の矮小化をはかりはじめます。そもそも参考文献名を一切挙げない仕様の『日本国紀』は現行の著作権法が認めている引用の要件(出所の明示)を満たしていない可能性が高いのですが、それはさておき、百田氏の戦略もむなしくSNS上の検証班により早くも翌日にはやすやすとゴールネットを揺らされ、現時点では全体の1.8%約9頁分がWikipediaをはじめとするネット上の記事をコピペ改変したものではないかとの疑惑が懸けられています(参照:ろだん氏のブログ論壇net)。  一方の11月29日には有本氏は、 “深夜の呟き。私や百田さん、日本国紀について事実と解離したことを流布している人物について知っているという人が現れた。とりあえず私が会って話を聞いてみようと思う。” 出典:https://twitter.com/arimoto_kaori/status/1067820049623207936 と、謎の人物との接触を試みていることをわざわざ全世界に向けてツイートするという不可思議な行動を取っています。「事実と解離(乖離)」しているのなら単に事実を示せばよいのであって、そのことと『日本国紀』の論評を行っている人々の素性が何の関係があるのか、事態は混迷の度を増してゆくばかりです。
次のページ
「歴史的事実は誰が書いても一緒」の嘘
1
2
3
バナー 日本を壊した安倍政権
新着記事

ハーバービジネスオンライン編集部からのお知らせ

政治・経済

コロナ禍でむしろ沁みる「全員悪人」の祭典。映画『ジェントルメン』の魅力

カルチャー・スポーツ

頻発する「検索汚染」とキーワードによる検索の限界

社会

ロンドン再封鎖16週目。最終回・英国社会は「新たな段階」に。<入江敦彦の『足止め喰らい日記』嫌々乍らReturns>

国際

仮想通貨は“仮想”な存在なのか? 拡大する現実世界への影響

政治・経済

漫画『進撃の巨人』で政治のエッセンスを。 良質なエンターテイメントは「政治離れ」の処方箋

カルチャー・スポーツ

上司の「応援」なんて部下には響かない!? 今すぐ職場に導入するべきモチベーションアップの方法

社会

64bitへのWindowsの流れ。そして、32bit版Windowsの終焉

社会

再び訪れる「就職氷河期」。縁故優遇政権を終わらせるのは今

政治・経済

微表情研究の世界的権威に聞いた、AI表情分析技術の展望

社会

PDFの生みの親、チャールズ・ゲシキ氏死去。その技術と歴史を振り返る

社会

新年度で登場した「どうしてもソリが合わない同僚」と付き合う方法

社会

マンガでわかる「ウイルスの変異」ってなに?

社会

アンソニー・ホプキンスのオスカー受賞は「番狂わせ」なんかじゃない! 映画『ファーザー』のここが凄い

カルチャー・スポーツ

ネットで話題の「陰謀論チャート」を徹底解説&日本語訳してみた

社会

ロンドン再封鎖15週目。肥満やペットに現れ出したニューノーマル社会の歪み<入江敦彦の『足止め喰らい日記』嫌々乍らReturns>

社会

「ケーキの出前」に「高級ブランドのサブスク」も――コロナ禍のなか「進化」する百貨店

政治・経済

「高度外国人材」という言葉に潜む欺瞞と、日本が搾取し依存する圧倒的多数の外国人労働者の実像とは?

社会