「タイはいま麻薬天国」とタイ人の元女囚は言った

高田胤臣

政権で取り締まりの厳しさが左右されていた

 タイは2006年から政情不安が続いていた。2006年から2014年まで続いた混乱は赤シャツ派(タクシン・チナワット元首相の派閥)と黄色シャツ派(富裕層を中心にした保守派)の争いであった。2014年5月の軍事クーデターで現状はほぼ軍政であり、表向きは赤と黄色のどちらでもないことになっている。しかし、軍政はかなり黄色シャツ派に近い。

今のタイの政情不安が始まった、まさに2006年のクーデターが発表され、国民がその事実を知る瞬間

 この政治騒乱の原因でもあるタクシン元首相は在任中の2004年に麻薬一掃作戦を実施した。これにより確かに麻薬の売買市場がかなり衰退した。この作戦により9万人の売人が逮捕され、2500人以上の売人が殺害された(一説では5000人超とも言われる)からだ。  表向きは作戦中の正当な戦闘などでの制圧ではあるが、実際には麻薬売買に関係していた汚職警察官らが保身のための口封じで殺したとも言われる。2016年にフィリピンでロドリゴ・ドゥテルテ大統領も麻薬戦争で売人を殺害していると言われるが、それより前にタイでも同様の事件が起こっているのだ。  いずれにしても、この作戦で麻薬の売人は震え上がった。下手をすれば自分も殺されてしまう。とはいえ、この世から違法ドラッグが消えることはない。そんな環境でも組織から命令されたら下っ端の売人は売買しなければならない。そんな売人たちが取った手段は「知り合いに売る」ということだった。需要はあるので、警察と繋がっていないと確信できる顧客とだけ取引をすれば売人自身も安全だ。  ところが、この厳しい環境はタクシン派が政権を握っているとき限定だった。黄色シャツ派が政権に立つと途端に汚職が始まり、麻薬が世に広まる。  筆者はバンコクで2004年からレスキューボランティアとしても働いている。その際、赤シャツ派が上にいるとほとんど起こらないオーバードース(薬物の過剰摂取による身体的・精神的に有害な症状)の通報が、黄色シャツ派になると急増した。それくらいに麻薬が蔓延するのだ。
オーバードース

オーバードースで苦しむ女性と、それを緊急搬送しようとする救急隊員たちで騒然とする現場

 2013年、タクシン元首相の実妹が首相になっていた政府に対する黄色シャツの反政府集会が激化し、おそらく麻薬の取り締まりも緩くなりがちだったのだろう。そのときにSは慢心から「ジャンキーの基本ルール」をつい破ってしまい、見知らぬ売人から「大麻」を買った。それが囮捜査だったのだ。  運がよかったのは、購入したものが「アイス」ではなかったことだ。タイの刑法では麻薬・覚せい剤などの違法ドラッグの中でも「大麻」は比較的刑が軽い方である。そのためにわずか2年半程度で出所できた。

保守派が新政権となり、「麻薬天国」へ

 かくして出所してきてみれば、Sの目に映ったのは麻薬天国のバンコクだった。2014年5月に軍部による無血クーデターで赤でも黄色でもない新政権が樹立されたとはいっても、結局はほぼ保守派である。麻薬の取り締まりは緩い傾向にあった。Sからしてみれば、いまだかつてないほどに麻薬が簡単に手に入る時代に突入していた。  ただ、取り締まりがまったくないわけではない。2018年の6月前後から、バンコク都内の繁華街近辺ではかなり厳しい麻薬検問が実施されるようになっている。タイでは麻薬検問は一般のケースでは管轄所内の機動隊が行う。稀に麻薬警察が行うこともあり、いずれも売人や麻薬所持容疑者に対しては臨戦態勢である。ちょっとでも怪しい動きがあれば、まずは射殺してでも動きを制し、そこから捜査を始める。かなり厳しい対応を実施しているのも事実だ。それほど、今現在麻薬が蔓延していることが本当のことであるという証明でもある。  そうしてSはこんな環境の中、麻薬をきっぱり断ち切って、面倒な保護観察期間も2018年半ばに終えた。これでめでたしめでたしと、きれいに終わるのは映画やドラマの世界である。
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結局Sさんは再び手を出していた
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