「タイはいま麻薬天国」とタイ人の元女囚は言った

高田胤臣

「麻薬はこりごり」

 そんなSは出所直後、もう麻薬はこりごりだと言った。 「思っていたほどに厳しくなかったと言っても自由になにかができるわけではない。もう刑務所に入りたくない。子どもにも会えないし、タバコも吸えない。もう麻薬はいらないわ」  元々ヘビースモーカーで、タバコは麻薬よりも大好きだったという。彼女が好んだクスリは「アイス」と呼ばれる覚せい剤の一種だ。タイでは安価なクスリに「ヤーバー」というものがある。日本でも出回ることもあり、その際にも「ヤーバー」で通じる。  しかし、日本人のドラッグ愛好者においても「アイス」のほうが人気だ。多くの日本人ドラッグ中毒者に聞いた話を総合すると、「アイス」は酩酊させる成分の純度が「ヤーバー」よりも高いためハイになりやすく、かつ抜け方もよく翌日もすっきりしているのだという。無論、麻薬は麻薬なので身体に悪いのは言うまでもないが、まるでいい酒のような評価が興味深い。ドラッグ中毒者にもそれなりに選ぶ理由というのが存在するようだ。  ただ、麻薬中毒の場合、再犯率が高いのは事実だ。悪いと頭ではわかっていても、睡眠や食欲同様に身体が本能的に求めてしまい、自分の意志で断ち切ることができないからである。そんな事実もあるので筆者はSに何度も同じ質問を投げかけたが、「もうやらない」ときっぱりと言い切っていた。  とはいっても、自分の意志、あるいは本能的な欲求以外にも再びドラッグに溺れてしまう事情もある。それは周囲の環境だ。ドラッグの更生施設や団体はタイにはいくつもある。例えばタイ中央部の端にあるサラブリ県には「タムグラボーク寺」がある。ここには僧侶が始めたタイ式漢方薬や仏教的な教えを実行することで麻薬中毒から脱却しようというプログラムがある。食費以外は無料で滞在でき、国籍も年齢も性別も問わず滞在することができる。しかし、何度も入所することはできず、一生に一度だけ。再犯はすなわち「ウソ」に当たり、僧侶はそれを許さないのだ。  救いを求めてやってきた入所者らを信じて、彼らの力で更生することを前提にしているので、出所後にどれくらいの割合で完全脱却できているかのデータは存在しない。僧侶に問いかけると、 「帰宅後に元のコミュニティーに戻ってしまえば周囲の誘惑があります。そこから抜け出ることもまた難しく、この施設で更生したと思っても、再び麻薬に手を出さざるをえないこともあるでしょう」と認める。
バー

こういったバーで働く女性の中には麻薬に溺れる者も少なくない(写真はイメージです)

 だから筆者はSに対して質問を変え、周囲が勧めてきたらどうするのか、と訊ねた。するとSはきっぱりと「ちゃんと断る」とは言いながらも、冒頭の言葉を言い放った。周囲には麻薬が蔓延していると言うのだ。特に彼女は麻薬密売の温床にもなるバーに勤めている。環境が危険極まりないと少し心配になった。
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政権で取り締まりの厳しさが左右
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