年収要件も見ておこう。これについても、行政の判断で広がることがないとしているのは年収の「枠組み」であって、年収の基準額ではない。
厚労省のリーフレットより
年収については法には次の規定がある(参照:
労働基準法 新旧対照表)。
“(労働基準法 第41条の2 第3項ロ)
労働契約により使用者から支払われると見込まれる賃金の額を一年間当たりの賃金の額に換算した額が基準年間平均給与額(厚生労働省において作成する毎月勤労統計における毎月きまつて支給する給与の額を基礎として厚生労働省令で定めるところにより算定した労働者一人当たりの給与の平均額をいう。)の三倍の額を相当程度上回る水準として厚生労働省令で定める額以上であること。)”
具体的な年収額も、やはり省令で定められるのであり、国会審議は必要ない。ただし、基準年間平均給与額の「三倍の額を相当程度上回る水準」と法に規定されているので、いきなり年収400万以上などと勝手に変えることはできない。
とはいえ、「相当程度上回る水準」とは3.3倍ぐらいなのか、3.5倍ぐらいなのか、3.8倍ぐらいなのか、そういったことは法には規定されていないので、その範囲では国会審議を経ない省令によって変更が可能だ。加藤大臣(当時)は「相当程度上回る水準」とはどの程度かを問われて、
「普通、相当程度という使われ方は、要するに三倍ぎりでもないし、また四倍を超えるわけでもない、その間の水準というのが大体相当程度という水準だと思います」と答弁していた(6月12日の参議院厚生労働委員会。石橋通宏議員の質疑に対する答弁)。
あまりにも人をバカにした答弁だが、つまりは国会審議に縛られない自由裁量を行政として確保しておきたかった、ということだろう。
なお、この基準年間平均給与額も、パート労働者を含めて算定するのか、除いて算定するのかなど、より詳細な決め方は省令にゆだねられている。
以上、悪徳商法まがいの欺瞞に満ちた厚労省リーフレットの内容を検討してきた。
本来、「対象は希望する方のみ」と強調するのであれば、高プロがどういう制度であるかの誠実な説明が前提になければならない。しかしその説明がこれだけの欺瞞に満ちているのだ(なお、「自由な働き方」という表現については、次回の記事でさらに検討したい)。
とするとこれは、厚労省がリーフレットによって、労働者を高プロという危険な働き方へと「
誤誘導」しているものと言わざるを得ない。行政がそんな悪徳商法まがいのことをするなど、到底、看過できない。
最後に、1月29日の衆議院予算委員会における長妻昭議員と安倍首相のやりとりを映像で見ていただきたい。労働法制を岩盤規制とみなしてドリルで穴をあけようとする、そのような労働法制観は改めていただきたいと求める長妻議員に対し、安倍首相は、
「その岩盤規制に穴をあけるにはですね、やはり内閣総理大臣が先頭に立たなければ、穴はあかないわけでありますから、その考え方を変えるつもりはありません」
と答えたのだ。(参照:
国会PV 6:18〜)
労働時間規制に穴をあけた高プロという働き方。その働き方に対して、厚労省が行うべき周知啓発は、穴の前で気をつけて立ち止まるよう、工事現場にある赤いコーンを立てることであるはずだ。
しかし実際に周知啓発のリーフレットで厚労省が行っていることは、穴を小枝で隠して草をかぶせ、「自由な働き方の選択肢」ですよと、労働者を穴に向かって誘導することであったのだ。
こんな欺瞞がまかり通ってよいのか?
<文/上西充子 Twitter ID:
@mu0283>
うえにしみつこ●法政大学キャリアデザイン学部教授。共著に『就職活動から一人前の組織人まで』(同友館)、『大学生のためのアルバイト・就活トラブルQ&A』(旬報社)など。働き方改革関連法案について活発な発言を行い、「
国会パブリックビューイング」代表として、国会審議を可視化する活動を行っている。『
緊急出版! 枝野幸男、魂の3時間大演説 「安倍政権が不信任に足る7つの理由」』の解説、脚注を執筆。