裁量労働制の拡大に向けた政府の再挑戦が始動。結論ありきを許すな

裁量労働制の労働時間に関する調査結果を不提示だった問題

 上記のような政策誘導的な設問は、専門家の適切な関与があれば防ぐことができる。一方で、不都合な事実を隠蔽する動きを事務局(厚生労働省)が取った場合には、検討会の委員や審議会の委員がそれに気づくことは難しい。しかし、裁量労働制をめぐる労政審の議論においては、そのような事務局による隠蔽が見られた。そして今回の第1回検討会でも、同様の隠蔽がみられた模様だ。これは重大な問題であり、次回の検討会に向けて、事務局の姿勢が改められなければならない。  裁量労働制の拡大は2013年9月27日の第103回から2015年の2月13日の第125回までの労政審労働条件分科会において審議され、建議に盛り込まれたが、前述のJILPT調査は、2014年5月には事業場調査・労働者調査の2つの調査結果がそれぞれ報告書の形にまとまっていたにもかかわらず、その結果が全体として労政審に提示されることはなかった(平成25年度労働時間等総合実態調査は、調査報告書の全体が2013年10月30日の第104回労政審労働条件分科会に配布されている)。  特に、JILPTの労働者調査には、今年1月29日の安倍首相答弁とは逆に、裁量労働制の労働者の方が一般労働者よりも労働時間が長いという調査結果が含まれていたが、労政審の審議にとって本来非常に重要であるはずのその結果も、会議資料として提示されることはなかったのだ。筆者はこれが、意図的な隠蔽であったと考えている。裁量労働制を拡大したいという方向性をもって事務局が議事運営をしている中においては、不都合な調査結果であったからだ。  隠蔽を傍証する事実がある。2014年9月30日の第116回労政審労働条件分科会では、村山誠労働条件政策課長(当時)がこのように発言している。  「JILPTに委託して調査した結果がとりまとまり、先ほど新谷委員から御指摘のあった数字について、鈴木委員からお話のあった点に注目した上で、この分科会で御報告したところです。その後、この調査結果については、さらに詳細なクロス集計等も載った冊子が出ておりますので、改めて精査した上で、今後も裁量労働制について御議論いただく回があると思いますので、その際に改めて経過とともに御報告したいと考えております」  ここで新谷委員や鈴木委員から指摘されていたのは、裁量労働制の労働時間をめぐる問題だ。それをとらえた「冊子が出ております」と返答しながら、結局、「精査」の結果、その冊子は労政審に資料として提出されなかったのだ。  裁量労働制の適用対象者と一般労働者の実労働時間を比較したJILPTの調査結果が労政審に提出されていないことは、今年2月22日の衆議院予算委員会における岡本あき子議員(立憲民主党)の質疑によって確認されている。 岡本(あ)委員:実は、実労働時間、JILPTの調査では調べています。ところが、一切、JILPTの調査がありました、満足度が高いですという報告はしていますが、実労働時間、一般労働も裁量も比較して調べていますが、この項目だけが、労政審に報告していません。おかしいと思いませんか。労働時間を調べると言っていて、出していない。  実は、JILPTで調べています。JILPTは厚労省が調べてもらっています。調査研究の要請の文書をいただきましたけれども、このJILPTの調査に当たって、二十五年度下期に労政審で議論を開始する予定であり、それに間に合うように調査研究の成果をまとめていただきたいと言っています。しかも、労働時間法制の企画立案の基礎資料にするとまでうたっているんです。しかも、裁量労働等労働時間調査と書いているんですね。これを言っていながら、実は、労政審に報告したのは、裁量労働等の調査といって、時間という言葉をあえて消して労政審に報告をしています。労働時間を調べると言っていて、実は調べておきながら、かけていない、このことが問題ではないですか。 加藤勝信国務大臣:どういう経緯でそちらに今おっしゃるところの部分について提出をしていないのかというのはちょっと私も正直言ってよくわかりませんが、ただ、多分、議論の中において、通常、最初の段階で厚生労働省側からまず必要な資料を出していく。そして、議論していきながら、その議論を踏まえて、必要と思われるもの、あるいは委員の方から、こういうのがあるだろう、こういうのも出してくれ、多分、そう言いながら議論を積み重ねていっているんだろうと思います。  JILPTの調査についても、私どもが委託をしたものでありますし、JILPTも、ちょっと何年の何月か忘れましたけれども、公表しております。したがって、私ども、別にそれを、公表されているデータでありますから、出さないということにはならないわけでありますが、ただ、当時の議論の中においてそれを出すには至らなかった、こういうことなんだろうと思います。 岡本(あ)委員:今のは大変問題だと思います。実労働時間を調査すると言っている、実際調査もしている、でも報告をしていない、委員からも時間を求められているにもかかわらず答えていない。これは、労働政策審議会に対して労働時間を意図的に出さないようにしている、そういう誤解を受けてもおかしくないと思います。
次のページ
やりとりから見えてくる事実のねじまげ
1
2
3
4
5
6
緊急出版! 枝野幸男、魂の3時間大演説「安倍政権が不信任に足る7つの理由」

不信任案決議の趣旨説明演説をおこなったのが、衆院で野党第一党を占める立憲民主党の代表・枝野幸男議員である。この演説は、その正確さ、その鋭さ、そして格調の高さ、どれをとっても近年の憲政史にのこる名演説といってよいものだ。

バナー 日本を壊した安倍政権
新着記事

ハーバービジネスオンライン編集部からのお知らせ

政治・経済

コロナ禍でむしろ沁みる「全員悪人」の祭典。映画『ジェントルメン』の魅力

カルチャー・スポーツ

頻発する「検索汚染」とキーワードによる検索の限界

社会

ロンドン再封鎖16週目。最終回・英国社会は「新たな段階」に。<入江敦彦の『足止め喰らい日記』嫌々乍らReturns>

国際

仮想通貨は“仮想”な存在なのか? 拡大する現実世界への影響

政治・経済

漫画『進撃の巨人』で政治のエッセンスを。 良質なエンターテイメントは「政治離れ」の処方箋

カルチャー・スポーツ

上司の「応援」なんて部下には響かない!? 今すぐ職場に導入するべきモチベーションアップの方法

社会

64bitへのWindowsの流れ。そして、32bit版Windowsの終焉

社会

再び訪れる「就職氷河期」。縁故優遇政権を終わらせるのは今

政治・経済

微表情研究の世界的権威に聞いた、AI表情分析技術の展望

社会

PDFの生みの親、チャールズ・ゲシキ氏死去。その技術と歴史を振り返る

社会

新年度で登場した「どうしてもソリが合わない同僚」と付き合う方法

社会

マンガでわかる「ウイルスの変異」ってなに?

社会

アンソニー・ホプキンスのオスカー受賞は「番狂わせ」なんかじゃない! 映画『ファーザー』のここが凄い

カルチャー・スポーツ

ネットで話題の「陰謀論チャート」を徹底解説&日本語訳してみた

社会

ロンドン再封鎖15週目。肥満やペットに現れ出したニューノーマル社会の歪み<入江敦彦の『足止め喰らい日記』嫌々乍らReturns>

社会

「ケーキの出前」に「高級ブランドのサブスク」も――コロナ禍のなか「進化」する百貨店

政治・経済

「高度外国人材」という言葉に潜む欺瞞と、日本が搾取し依存する圧倒的多数の外国人労働者の実像とは?

社会