裁量労働制の拡大に向けた政府の再挑戦が始動。結論ありきを許すな

新たな法改正に向けて実態調査の議論を行う検討会が始動

 今回の法改正からの裁量労働制の拡大の削除は、労働政策審議会(労政審)の議論の出発点と位置づけられた調査結果である平成25年度労働時間等総合実態調査に、明らかな異常値が多数見つかったことを直接の理由としている。そのため野党は実態調査をやり直すことを求め、政府がそれに応じる形となっていた。  その新たな実態調査の方法を検討する「裁量労働制実態調査に関する専門家検討会」が、厚生労働省労働基準局労働条件政策課を事務局として9月20日より開始されているのだ。  第1回の検討会で示された「今後の進め方について(案)」(資料5)では、今後、1か月に1回程度検討会を開催し、裁量労働制の実態把握のための新たな調査設計について、年内をめどに議論の整理を行うとされている。第2回の検討会は10月下旬頃が予定されており、そこでは「調査方法のイメージについて」と「調査項目のイメージについて」が議論される予定となっている。  この検討会のまとめを踏まえ、その後は実態調査の実施、その結果を踏まえた労政審の審議、そして新たな法改正案の提出へと、歩を進めることが予定されている。東京新聞9月23日朝刊「裁量労働制 拡大目指す政府 労働側の反発必至」には、厚生労働省幹部が「当然、拡大の方向だ」と明言していることが紹介されている。  しかし、裁量労働制の対象拡大という「結論ありき」の形で、その結論へと導くことを目的として、実態調査が行われることがあってはならない。再度の検討の出発点である今が、重要なタイミングだ。  筆者は残念ながら都合によりこの第1回の検討会を傍聴することができなかったが、傍聴した方から詳しくその内容を伺うことができた。そこで以下では、第1回の検討会の様子を踏まえて、今後の検討会の進め方について提言したい。

調査手法の問題だけに矮小化するな

 再度の実態調査を行うことになったのは、前述の通り、平成25年度労働時間等総合実態調査の公表結果に、異常値が多数見つかったことによる。それらの異常値は野党が国会審議と野党合同ヒアリングの中で指摘していったものだ。例えば厚生労働省から提出させた個票データの検討により、裁量労働制で働く人の1日の労働時間が「1時間以下」だった事業所が25含まれていることが明らかになった。これについて野党が検証を求めたところ、厚生労働省は、それらが実態を反映していなかったと判断せざるを得ないとする調査結果を3月22日に野党合同ヒアリングに提出するに至っている。  なぜこのような実態を反映していないデータが収集され、入力されていたのか。これは調査手法の甘さに由来する問題と考えられる。裁量労働制の労働時間が0時間や1時間などと記入されているのは、おそらくは、時間外労働に相当する時間などを誤解して記入したものと思われる。この調査は労働基準監督官が出向いて調査し記入する方法によって行われているが、そのような誤解が生じないように、調査要領を整備したり、調査票に注記を入れたりすることは可能だった。また、本来であればデータ入力後のエラーチェックの段階においても、発見されるべき問題であった。  そのような調査手法の問題を改善した実態調査を設計すること。それはもちろん重要だ。しかし調査手法の問題だけに矮小化されてはならない。  もともと異常値が多数見つかった背景には、1月29日に安倍首相が、「厚生労働省の調査によれば、裁量労働制で働く方の労働時間の長さは、平均な、平均的な方で比べれば、一般労働者よりも短いというデータもある」とした答弁があり、これが調査結果に基づかない不適切な比較であったことが明らかになったのが発端だ。  この不適切な比較の問題(「比較データ問題」)と、上記の調査手法の甘さに基づく異常値の問題は、共に厚生労働省の監察チームによって検討が行われ、7月19日に「裁量労働制データ問題に関する経緯について」としてその検討結果が公表されているが(第1回検討会の参考資料3)、その内容のうち、「比較データ問題」に関する検討結果は、筆者としてはとうてい納得できるものではない。その問題についてはいずれ稿を改めて論じたいが、裁量労働制の拡大と高度プロフェッショナル制度の創設を法改正によって実現するために、それに合うようなデータを無理やりそろえ、それに不都合なデータは隠蔽する、そのような不誠実な対応が、労政審でも国会でも繰り返されてきたのが実情だ。従って、この検討会も、そのような「ゆがみ」を直視した上で進められなければならない。
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政策誘導的な調査は許されない
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