私設原発応援団たちによる、間違いだらけの「泊原発動いてれば」反論を斬る

牧田寛
北電泊原発

北電泊原発(北海道新聞社/時事通信フォト)

 9月10日に、北海道大停電について、泊発電所の稼働問題は無関係であって、泊が動いてい「れば」「たら」論は、完全に無関係且つ無意味であると指摘しましたところ、たいへんな反響となり、100万PV超となっただけでなく様々な方から内容についてお問い合わせ頂きました。(参照:『北海道胆振東部地震「泊原発が動いていれば停電はなかった」論はなぜ「完全に間違い」なのか』)

 前回、高校卒業程度の知識で理解できるように執筆しましたところ、たいへんに分かりやすかったと言うお褒めの言葉を頂く一方で、隔靴掻痒であり、もっと説明して欲しいと言うお言葉も頂きました。また、なぜか全く理解できない方、読まずにご批判される方もお見かけしました。なかには、私に見えないようにした上で誹謗中傷行為に及ぶ随分ご立派な経歴の方も見受けられ、たいへんに驚きました。幸か不幸か、複数の知人がすべてを記録して提供してくださっていますので、その後こっそり消された分も含めて完璧に証拠として保全してあります。親方日の丸でリスク完全無視の言説にはたいへんに驚いています。

論理学の基礎問題として全面否定される泊「たら」「れば」論

 さて前回、泊発電所が震災時に稼働してい「たら」「れば」論について、その仮定自体が全く無意味であり、根本的に誤っていると指摘したところ、「コロラド先生のデマ」なる珍妙な反論が現れました。内容は、乾電池に見立てた発電所をエクセルで組み合わせるだけのもので、前回の拙稿を読んでいれば、恥ずかしくてとても人前には出せない稚拙なものでした。実際、私の目に入る前に複数の人物から発電所の組み合わせとしても基本的に誤りの単なる辻褄合わせであると厳しい指摘が入り、論旨が二転三転しているようです。

 三相交流同期広域発送電網の過渡現象はたいへんに難しい問題で、私の出身である大阪大学大学院工学研究科電気工学専攻でも、電力系の一つの研究室が成り立つもので、となりの研究室ではSX-3(1990年代のスーパーコンピュータ)でなんとかシミュレーションしている人物がおりました。落雷による超高圧送電網の挙動とレーザー導雷を関西電力と共同研究されており良く深夜まで話し込んだものです。最近のコンピュータはSX-3など遥かに凌駕しますので、経産省か電中研秘蔵の凄いエクセルマクロでもあるのかと期待していたのですが、実際にはエクセルで乾電池の組み合わせをされているだけでしたので、私は1日寝込むほどにがっかりしました。発電所はお小遣いの少ない小学生のプラレールやラジコンの乾電池ではありません。

泊原発は「公道走行不可能な野良自動車」

 さて泊発電所は、現在適合性審査がきわめて難航しており、今後1年は審査合格が出る可能性はありません。これは原子力規制委員会(NRA)と北海道電力の間の問題であって、他者が介入する余地はありません。(参照:泊発電所の審査状況 北海道電力

 適合性審査に通っていない原子力発電所と言うのは、車に例えれば形式承認が得られておらず、車検どころか仮車検証すら給付されない、絶対に公道を走ることの出来ない野良自動車です(前回、整備不良の無車検車と例えましたが、Twitterのフォロワーさんから、そんな甘いものではない、形式承認すら得ていない野良自動車だという指摘がありましたので、ここに訂正します)。

 泊発電所3号炉(泊3)の現在の審査状況は絶望的に遅滞しており、今後問題なく迅速に審査が行われたとして、審査終了まで1年はかかるでしょう。その後運開準備に1~3か月かかりますので、最速でも来年の冬に間に合うかどうかと言う状況です。

 実際には、泊サイト内の活断層疑惑が払拭できず、原電敦賀2や北陸電力志賀発電所と同じく泊も審査不適格で二度と運開することなく全炉廃炉となる可能性があります(参照:火山灰での証明、北海道電が断念 泊原発「活断層なし」, 朝日新聞, 2018年2月3日05時00分【原発最前線】活断層否定の火山灰が見つからない! 再稼働へ苦難続く北海道・泊原発, 産経新聞, 2017.12.12 17:00

 NRAによる適合性審査には批判も多いのですが、所内の断層評価と基準振動の評価については世界的に見てもかなり厳しい高水準で、これは旧基準時代に断層や地震の評価で横行した著しい過小評価(断層カッターや年代偽鑑定)への反省の上にあります。

 大阪大学理学部物理学科には、かつて池谷元伺博士(故人・阪大名誉教授・工学博士)がご在職で、この方は大阪大学工学部原子核工学科(原子力工学科)出身という変わった経歴の方でしたが、地層の年代測定でも活躍されていました。池谷博士がよく主張されていたのは、「原子力発電所の立地評価での地層の年代測定は、お金の力でねじ曲げられていて、仮に再評価が行われれば多くの原子力発電所が稼働不能になる。」と言うものでした。

 池谷博士は、すでに物故者となっていますが、30年を経て、多くの原子力発電所が断層再評価によって再稼働不能や審査大遅延に陥っているのを見ると、池谷博士の主張は当事者として偽らざるものだったのだと思います。

 こと、断層の再評価による適合性審査の難渋は、電力事業者に最大の責任があり、そのような不適切な行為に迎合した旧原子力規制当局にも同等の責任があります。電力事業者は不服があるのならば国家賠償請求訴訟を起せばよいだけで、規制そのものは情実で動かすことがあってはなりません。

 ここまでで自明なのですが、「泊発電所が動いていたら」という仮定は、適合性審査に合格してない、今後1年、場合によれば永久に審査合格の可能性がないと言う事実の前には、論理学の初歩問題として成立し得ません

 要するに憂さ晴らしの言葉遊びか八つ当たり、乾電池遊び以外のなんの意味も持たず、こと電力供給の議論に関しては完全に無意味であり、有害無益そのものです。

 原子力・核産業は「規制の上に成り立つ産業」です。この言葉を誰が言ったのかその原典は現時点ではわかりませんが、フランスCEA(フランス原子力庁)か合衆国NRC(合衆国原子力規制委員会)で要職を務める人物の発言だったと記憶しています。元NRC委員長ヤツコ氏のインタビューではないかという記憶があるのですが、現在調査中です。

 原子力・核技術は、得られる利益が巨大である反面、内包するリスクも巨大であって、工学的に確率をどんなに下げても一度でも大事故が起これば一国家が破滅するほどの損害となりかねないものです。例えば、ソ連邦が崩壊した原因の一つとしてチェルノブイル核災害(Chernobyl Nuclear Disaster)が挙げられます。また福島核災害(Fukushima Nuclear Disaster)でもその被害、損失は国家を揺がすほどに激烈なもので、これらのような核災害を二度と起してはなりません。この為、「厳しい規制を厳格に遵守し、厳正に運用すること」が原子力・核技術利用の大前提となります。これを表した言葉が「原子力・核産業は規制の上に成り立つ」というものです。

 規制、基準が厳しいから緩和しろ、旧基準に戻せと言う主張は、規制の上に成り立つ原子力・核産業にたいして、後ろから機関銃を撃ち込むに等しい、最も愚かなものです。私は、原子力・核工学を愛するものとして、このような行為に強い怒りを抱きます。

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私設「PA(パブリック・アクセプタンス)」軍団の暴力的手口

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