笑顔の微表情に関して次のような興味深い研究があります。
実験のために集められた参加者にコンピュータの前に座ってもらいます。そしてコンピュータのモニターに0.4秒間だけ映し出される男性もしくは女性の顔写真を見て、それが男性か女性かを判断してもらう課題に取り組んでもらいます。
この0.4秒の間には、男性もしくは女性の真顔の写真が提示されるのですが、研究者がここに作為を施します。この中に0.016秒の間、笑顔か怒りの写真を挿入しておいたのです。つまり、真顔の中に笑顔もしくは怒りの微表情がコンピュータモニターに提示される仕組みなのです。0.016秒というのは私たち人間が意識的に捉えることの出来ない速さです。
課題終了後、参加者に今の気分を答えてもらいます。一瞬の笑顔が挿入されたモニターを見ていた参加者も、一瞬の怒り顔が挿入されたモニターを見た参加者も、両者において機嫌の良さ悪さの程度に違いはありませんでした。その後、参加者には無料でドリンクがふるまわれます。
ここで非常に興味深いことが起こります。0.016秒の笑顔写真を「見た」参加者は、怒り写真を「見た」参加者と比べ、ドリンクをより多く飲み、そのドリンクをより美味しいと感じる傾向にあることがわかったのです。
この研究が示唆してくれるのは、私たちは直感的に微表情を感じとり、自らの行動を無意識に変えているかも知れないということです。
自分の感情を偽って愛想笑いばかりしていても、お客さんの満足度には寄与せず、自分の心も疲弊する。怒りの気持ちが生じ、表情に出ないようにしていても微表情として一瞬だけ出てしまい、それがお客さんの消費行動に悪影響を与えてしまう……ということなのですが、それではこの愛想笑いと笑顔の微表情の研究から接客業における表情についてどんな処方箋があり得るのでしょうか?
具体的には色々とありますが、その根底に通じるものは至極当たり前のことです。来店されるお客さんに対して、心からポジティブな感情を抱けるようにするための店舗・職場環境を作る、ポジティブなモチベーションになるように自分の心を変えていく・維持していけるように努力する、というものです。
接客業が好きなのか、接客業を好きになるのか、その順番は人それぞれだと思いますが、「働く」とは「傍楽」と書くように、自分の身の回りの人々が楽になる、楽しくなる、そんな行為です。
労働は自分の生活のためではありますが、そこを一歩超えて、お客さんを楽にしたい、共に働く仲間が心地よく感じるような職場環境を実現したい、そんなふうに心を向けていくことで自分を取り巻く感情世界の彩が変わるのだと思います。
参考文献
Winkielman P, Berridge KC, Wilbarger JL. Unconscious affective reactions to masked happy versus angry faces influence consumption behavior and judgments of value. Personality and Social Psychology Bulletin. 2005 Jan;31(1):121-35.
<文・清水建二>
【清水建二】
株式会社空気を読むを科学する研究所代表取締役。1982年、東京生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、東京大学大学院でメディア論やコミュニケーション論を学ぶ。学際情報学修士。日本国内にいる数少ない認定FACS(Facial Action Coding System:顔面動作符号化システム)コーダーの一人。微表情読解に関する各種資格も保持している。20歳のときに巻き込まれた狂言誘拐事件をきっかけにウソや人の心の中に関心を持つ。現在、公官庁や企業で研修やコンサルタント活動を精力的に行っている。また、ニュースやバラエティー番組で政治家や芸能人の心理分析をしたり、刑事ドラマ(「科捜研の女 シーズン16」)の監修をしたりと、メディア出演の実績も多数ある。著書に、『
「顔」と「しぐさ」で相手を見抜く』(フォレスト出版)、『
0.2秒のホンネ 微表情を見抜く技術』飛鳥新社がある。