今も続く名作『BARレモンハート』は、『ダメおやじ』から生まれた――古谷三敏インタビュー【あのサラリーマン漫画をもう一度】

当時を振り返る、古谷三敏先生

 忘れられないあの漫画。そこに描かれたサラリーマンは、我々に何を残してくれたのか。「働き方改革」が問われる今だからこそ、過去のサラリーマン像をもう一度見つめなおして、何かを学び取りたい。現役サラリーマンにして、週刊SPA!でサラリーマン漫画時評を連載中のライター・真実一郎氏が、サラリーマン漫画の作者に当時の連載秘話を聞く連載企画。

 引き続き、今回も『ダメおやじ』著者である漫画家の古谷三敏先生に話を伺います。場所も引き続き、お孫さんがバーテンダーとして腕を振るう「BARレモンハート」です。

後期のアウトドア編の成功が『釣りバカ日誌』を生む

――1978年になって、ダメおやじはひょんなことから社長になって、それ以来残酷描写が全く無くなり、極めて平和なホノボノ漫画になります。あれはどういう意図で方針転換したんですか?

古谷:後半になると、読者に飽きられてくるんですよね。どう変えていこうかというときに、ちょうど日本自身が経済的に疲弊してきていたんです。そんな時に思いついたのが「三年寝太郎」という民話。なんにもしないのに幸せになるというのは、疲れた人たちにとっては夢じゃないですか。だから突然社長にしてみたんです。世の中のことを何となくとらえて、それをテーマに入れたんですよね。

――あの方針転換は、読者からはどんな反響だったんですか?

古谷:いじめてるときは嫌いだったけど面白くなった、というハガキが来たんですよ。連載から5~6年経つと、人気は6~7位と低迷していたんです。でも10歳くらい下の若い編集者に代わって、その人がフライフィッシングとか登山とかが好きなアウトドア派の人で、その人がダメおやじにそういうことをさせましょうと言ったんですよね。僕も悩んでいたし、社長だったら何でもできるから、そうしようと思って。

「ダメおやじ」(1974)まだ残酷描写が残る ©ファミリー企画

――古谷先生より10歳下だと団塊世代ですよね。団塊世代ってアウトドア志向や自然回帰志向が強かったんですよね。

古谷:トレッキングをしているオーソリティから話を聞いたり、僕自身も谷川岳に行ったりして。アウトドアなんて全くしたことなかったから、付け焼刃で描いたんだけど、人気がバーンと上がった。だから編集長が人気のない他の漫画をみて「おい、〇〇を山に登らせろ、そうすれば人気が出るから」と言ったりして(笑)。

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「ノッているときは、その世界に自分自身が入っちゃう」

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