海洋放出反対派も賛成派も知っておきたい「トリチウム」の基礎知識
前回は、東電福島核災害の終息事業を著しく阻害している110万トン前後に達する貯水タンクの中身「ALPS”不完全”処理水」問題について総論概説しました。
重要なことは、タンクの中身の8割、90万トン近くの液体は、「ALPS”不完全”処理水」であって、「トリチウム水」と同等な扱いは国際的な基準や慣例を持ってしても不可能であることがおわかりいただけたと思います。
今回から重要と思われるトピックスを一つ一つ各論として論じていきます。
各論1は、皆さん大好きトリチウムです。
トリチウムは日本語表記で三重水素を指します。水素は陽子一つ、重水素(デューテリウム)は陽子一つと中性子一つ、三重水素は、陽子一つと中性子二つから原子核が構成されます。トリチウムは、原子核が不安定なため、半減期12.32年(簡単のため本稿では約12年とする)で弱いβ線を放出し、ヘリウム3に壊変する弱い放射性核種です。
トリチウムは、たいへんに弱いβ線を放出し、そのエネルギーは、18.6keV(キロ電子ボルト)が最大で、平均5.7keVです。例えば、137Csのβ線は、二種類あり、最大で0.514MeV(515keV)ないし最大1.176MeV(1,176keV)のβ線を出します。
トリチウムが「きわめて弱い放射能を持つ」とされる由縁です。
トリチウムは、半減期がわずか約12年ですが、自然にも存在します。トリチウムは、大気圏高層において宇宙線(中性子線)と大気中の窒素が核反応を起こすことで生成されます。
核反応式では次のようになります。意味は、窒素14と中性子が反応して、炭素12とトリチウムが出来るという事を示しています(上付き下付きの正常な表記のため画像にしています)。なお核反応式は、興味がなければ読み飛ばしても分かるように執筆しています。後学にご活用ください。
1942年に初臨界したシカゴ・パイル1号(人類最初の原子炉)、1945年のトリニティ核実験によって人為的なトリチウム生成が始まっており、かつての大気圏内核実験によりトリチウムは激増しました。その後1962年発効の部分的核実験禁止条約(Partial Test Ban Treaty: PTBT)*により環境中のトリチウム濃度は、漸減しはじめたものの、おそらく原子力・核施設からのトリチウムの放出によって現在は下げ止まっています。
<*米英ソ三国の1963/08/05調印から始まった。発効は1963/10/10で111ヶ国が調印。地下を除く大気圏内、宇宙空間、水中での核爆発を伴う核実験を禁止した。これにより合衆国の核反動推進惑星間宇宙船オリオン計画も禁止対象となった>
原子力・核施設でのトリチウムの生成は幾つかの経路があります。
PWR(加圧水型原子炉)やPHWR(加圧重水炉:CANDU)では、核反応制御に用いるホウ酸への添加剤であるリチウム6の核反応由来が多く、とくにCANDU(カナダ、重水、ウランの略)では、重水中の重水素の中性子捕獲でトリチウムが生成されます。このためPHWR(CANDU)ではBWR(沸騰水型原子炉)に比して100〜1000倍近く、PWRではBWRに比して10〜100倍近いトリチウムが生成されます*。
<*但し、PWRでは20年ほど前から添加剤のリチウムを同位体分離した7Li(リチウム7)への切り替えを行っており、これによってトリチウムの発生は一桁近く減少している。軽水炉の中では、中性子は低速の熱中性子であり、リチウム7による中性子捕獲核反応は起こりにくい>
更に、高速中性子が関与するとホウ素10からトリチウムが、またリチウム7からトリチウムが生成されます。
この反応は、核兵器用のトリチウム製造に使われており、合衆国ではTVA(テネシー川流域開発公社:ニューディール政策で有名な開発公社)が所有、運転するWatts Bar Unit1(ワッツバー1号炉)に軍用トリチウム生産用照射体を装荷しています。あいにく照射体の詳細については核・軍事機密のため分かりません。
なお、ここまでのトリチウム生成核反応を核反応式で示します。これも後学のためですので読み飛ばされても構いません。
他に核燃料の三体核分裂(ウランが核分裂により三つの原子に割れる反応)によってもトリチウムが生成されます。
トリチウムって何?
トリチウムの起源は?
東電福島第一原発の「ALPS処理水」問題についての過去記事は以下をご参照ください。
●"東京電力「トリチウム水海洋放出問題」は何がまずいのか? その論点を整理する"
●"議論再燃。「処理水海洋放出」は何がまずいのか? 科学的ファクトに基づき論点を整理する"
この連載の前回記事
2019.09.27
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