やっぱり出た「オリンピック招致」に関する疑惑。長野五輪の二の舞いになるか?

ソルトレイク五輪のスキャンダル

 この時、IOCは6委員の追放を決定、他にも3委員が辞任するなど一大スキャンダルとなった。  当時も、「娘」の口座にカネを振り込ませていた委員がいた。スーダンのゼイン・ガディルで、彼は娘などいないにも関わらず、6回に渡って1000ドルを「娘の口座」に振り込ませていたという。  また、今後のスポーツ・観光・レジャー大臣だったジャン・クロード・ガンガーは7万ドル近い現金、その他の贈り物1万4000ドル、家族などの旅費も11万ドル近く受け取り、総額にしうて25万ドル近く受け取っていたという。  また、このソルトレイクの「接待攻勢」の起爆剤となったのが、他ならぬ「長野オリンピック」の存在だった。ソルトレイクシティは開催の前まで5回も立候補しながらすべてにおいて落選していた。特に1998年に長野と決選投票で敗れたときの悔しさは人一倍だったようで、「接待攻勢に負けた」と招致委員が口走っていたという。  実際、長野オリンピックの接待攻勢は凄まじかった。

ソルトレイク招致委員のトラウマになった「長野五輪接待攻勢」

 1998年の信濃毎日新聞によれば、招致委員の接待は次のような様子だったという。
“赤いじゅうたんを敷いた大広間に、IOC委員や事務局幹部ら四十三人が次々に吸い込まれていく。テーブルには一つ三万円の重箱入りの和風料理が二十五セット。市内のホテルから二人のすし職人、東信地方のそば店から四人のそば打ち職人が来て、伝統の日本料理を披露した。接待した約二十人の女性の中には、大阪五輪招致のマークが入った着物姿の五人もいた”
 また、ジャーナリスト相川俊英氏の著書、『長野オリンピック騒動記』によれば、
“東京のホテルまでお出迎えを受け、上野駅からグリーン車に乗り込み、長野駅に着くと関係者はもちろん数百人の市民と、幼稚園児の鼓笛隊のお出迎え。委員の国旗を打ち振る数百人の県庁職員、県議会議員に見守られながら県庁に到着。15分の表敬訪問後、フランス料理を堪能し、市役所へ。ハト車や扇子、浴衣や鯉のぼりなどをプレゼントされ、県警のヘリで市内を見学。夜は1泊5万円の高級旅館に泊まり、翌日には帰途につく”
 という有様だったという。
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IOC委員夫妻の私的旅行費用まで負担
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