実は、ベビーカーに限らず鉄道に関する事故の多くはホーム上で起きているという。特にドアの開閉は事故につながりやすいタイミング。JRを利用して通勤しているというある30代の男性は、とある駅で事故に巻き込まれかけたと証言する。
「自分よりも先にキャリーケースを持った人が降りようとしていました。それを待ってから降りたのですが、自分がまだ降りきっていないのにドアが閉まり、リュックサックが挟まりかけてしまったんです。強引に引っ張ってなんとか事なきを得ましたが、もしお年寄りや体の不自由な人だったら、転倒して大事故になっていたかもしれない。かなりひやっとしましたよ」
こうした事故やトラブルはなぜ起こるのか。前出の車掌は、「車掌だけでは安全確認は難しい」と言う。
「ラッシュ時はともかく、ほとんどの時間帯はホームに駅員はおらず、車掌の目視とモニターだけが頼りです。ただ、ホームの端を歩いている人がいたら死角ができますし、車内の状況はまったくわからない。モニターもホームすべてを映しているわけではないので急な駆け込み乗車などには対応できないですし……。だから、利用者の多い駅にはせめてホームの中央付近にひとりでも駅員がいてくれると安心なのですが」
最近は駅のホーム上に常時置いている駅は事業者問わずかなり少なくなった。安全確認を徹底するため、車掌だけでなく運転士もホームに降りて目視するという事業者もあるが、それも少数派。人員削減も理解はできるが、その結果として安全が犠牲になるようでは本末転倒だ。鉄道専門誌の記者は「細かい所からほころびが見える」と現状を嘆く。
「そもそも人身事故だってそうですよ。事業者は客のせいかのように説明しますが、ホームドアをきちんと設置するか、駅員、せめて警備員をホーム上に配置していれば防げる事故は少なくないはず。それを怠って、『人身事故なので仕方がない』は理屈として通りません。今回の事例も、安全を再優先する、そのためには勘違いでも構わないので気になることがあれば遠慮なくブレーキをかけるという指導の不徹底と、ホームに駅員がいなかったことの2点が原因です。『車掌を厳正に処分する』などと東京メトロは言っていますが、それでは何の解決にもなりません」
今回の事故を受けて、東京メトロでは実車を用いた緊急ブレーキの訓練を取り入れることを検討しているという。ただ、これも「今までやっていなかったことが理解できない」(前出の記者)。ある航空マニアは、「パイロットはシミュレーターで墜落に繋がるような事例を体験させられます。それで事故の恐ろしさ、自分の判断ミスが人命を脅かすことになるということを知る。それが鉄道ではできていないんですね」と呆れるように話す。
鉄道の事故と言うと、脱線や衝突のようなものが思い浮かべられる。ただ、ホーム上こそ最も事故に遭遇しやすい場所。利用者である我々も細心の注意が必要だろう。そして、今以上に事業者各社には、ホーム上の安全対策を求めたいものだ。
<取材・文/境正雄>