発展著しいタイに残された最後の「混沌」、ヤワラー地区を行く

ヤワラー

ヤワラーは古い建物と新しい建物が混在していて、不思議な雰囲気のある街だ

 タイ最大の中華街はバンコクにあるヤワラー通りを中心にした地域(以下ヤワラー)に広がっている。横浜の中華街と違い、中国っぽさを前面に出してはいないが、ここが今バンコク最後のアメージングな地域として注目を集めている。昨今のタイの急速な近代化で、人々の暮らし方や考え方も欧米化してしまった。そのため、「タイっておもしろい!」という独特の体験がなくなっている。そんな中で、このヤワラーは今でも十分におもしろい出来事が起こるのだ。そんなヤワラーを散策してみた。  街の歩道では人々が地べたにがらくたを並べて売っていた。テレビのリモコンや壊れた家電の一部分など、文字通り“がらくた”しかない。しかも、それを吟味している人が少なくないのも驚きだ。ヤワラーの一部が特に盛んで、「泥棒市場」という呼び名までついている。ある日系企業工場に勤めている日本人男性は本当に泥棒市場なのではないかというエピソードを話す。

正真正銘のがらくたを売る人々

「弊社の工場で作られていた自動車部品の一部が従業員によって盗まれてしまったことがあります。ちょうど本社から訪タイしていた社長が泥棒市場を散策していたら、盗まれたものが並んでいたそうです」  ほかには道端でたこ糸を使った産毛抜きの路上スパもあり、たくさんのおばさまたちが今さらながら美を探求しているシーンを見ることもできた。  ヤワラーは歩いてみると独特のにおいがする。これは漢方薬局が軒を連ねているからだ。また、飲食店が多くあることもにおいの原因のひとつである。一見普通の食堂でも100年以上も続いているような店も少なくない。ただ、おもしろいのはそういった長い歴史をわざわざ「売り」にしている店がほとんどないことだ。こちらから訊かない限り、そのことについては触れることがない。タイ人は過去にあまりこだわらないタイプが多いので、この点は中華系であっても性格的にはタイ族らしい一面を持っているようである。

客を取る売春婦、道に寝る男たち

ジュライ・ロータリー周辺には今でも売春婦が多い。連れ込み宿の中には毛沢東の肖像画を飾るところもある

 ヤワラーの外れにジュライ・ロータリーがある。この辺りには昼間から売春婦が座っている。わざわざプラスチックの椅子を持参してまで座っている。周辺は一般女性の往来もあるが、売春婦はすぐに見分けがつく。彼女らは男から目を逸らさないからだ。この辺りに立つ女性は600~800バーツ(約2180~2910円)が相場で、バンコク市街で外国人向けに売春をする女たちの3分の1以下とかなり安い。 「前は外国人が多く来るホテルのカフェで2000バーツ(約7270円)以上で売っていたけど、女も多くて客が毎日取れない。ここなら単価は安くても実入りは多い」  高い場所で売った方がいいのではないかと訊いたところ、そういった理由があるのだと売春婦のひとりから返ってきた。

写真中央にそびえる白い建物が、5月に閉鎖した台北大旅社。この安宿の終焉がヤワラーの時代の変化を象徴しているかもしれない。写真右下には売春婦の姿も

 そんな彼女の足下には生きているのか死んでいるかがわからない男が横たわっている。彼女は目もくれない。バンコクのほかの地域にも物乞いはいるが、最近の物乞いはバスで出勤して定位置で着替えてカネをせびり、気温が上がって暑くなるとまたバスで帰っていく。しかし、ここの浮浪者は本当にホームレスという感じで、悲壮な雰囲気がひしひしと伝わってくる。  しかし、こんなヤワラー地区もタイの発展の波が押し寄せているのだ。 ※次回「“取り残された街”、タイ・ヤワラーの住人が縋る地下鉄開業という光明」 <取材・文・撮影/高田胤臣 (TwitterID:@NaturalNENEAM
(Twitter ID:@NatureNENEAM) たかだたねおみ●タイ在住のライター。最新刊に『亜細亜熱帯怪談』(高田胤臣著・丸山ゴンザレス監修・晶文社)がある。他に『バンコクアソビ』(イースト・プレス)など