誰も語らなかった「通史としての戦後宗教界」――シリーズ【草の根保守の蠢動】特別企画「宗教と政治の交わるところ」第二回【中編】

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日本会議研究を切り開いてきた人々

猪野健治氏はノンフィクションだけでなく、右翼研究の基礎リファレンスも作成している

菅野:これは、猪野健治さんが70年代に靖国神社国家護持法案がイシューになった時に、新興宗教界隈を取材して書いてらっしゃることですけども、靖国神社国家護持法案に反対していたとある教団の幹部に、「おたくが集めた法案反対署名の数と、おたくの公称信者数に乖離がありすぎるじゃないか。署名が少なすぎるじゃないか」と聞いたそうなんです。すると、教団幹部から帰ってきた答えは「いやあれは本当の数字なんだ」と。つまり、その教団への信仰心の厚い人が「靖国神社国家護持はとんでもない政策だ」という話を集会で聞いて家に帰っても、家には先祖代々の仏壇があるし、神棚もある、親戚のおじちゃんが戦死してて靖国神社に合祀されてる。そういう人からすると、靖国神社を国家が護持してなにが問題なんだということになるんだと。教団がいくら一生懸命説明しても、「政教分離」だとか難しい話はそういう素朴な信者さんたちには届かないんだと。 塚田:そういう心情を汲み上げていくのが、民衆宗教たる新宗教なんですけどね……。 菅野:猪野健治さんは、「その信者の心情と宗教団体の教義との乖離を含みつつ、前に進んでいくしかないんだ」というようなことを、当時から書いてらっしゃった。 塚田:さすが猪野健治さん。本書で充分に盛り込めなかった点は大きな反省点ですが、猪野健治さんが当時『現代の眼』などに書いていらっしゃることは本当に面白いですね。 菅野:面白い。今の日本会議につながるような人々を、当時、定期的に観測してたのって猪野健治さんの記事ぐらいしかないですね。それに取材がすごい。当時の一次資料にあたるのはもう難しいので、猪野さんの書いたものは、1.5次資料ぐらいの価値がある。 塚田:確かにそうです。学者・研究者はあんまりそういうところを参照しないというか、猪野さんのようなドキュメント記事を甘く見ている感はありますね、やっぱり。 菅野:この本では魚住昭さんの本とか、堀幸雄さんの本とか、一般書籍を参照されてますものね。堀さんも浩瀚な『右翼事典』を編纂されてますが、学者じゃないですもんね。 塚田:そういった書籍以外でも、本書の特徴としては、雑誌・新聞記事をたくさん使ったということもあるかなと思っています。全国紙・地方紙に加えて『赤旗』や、あるいは週刊誌記事やオウムのところでは『宝島』とか『ムー』とか。こんな宗教研究の書はあまりない。当然、新聞・雑誌記事は社会学とかでメディア分析をやる際には使いますけれど、こと宗教研究となると、やっぱり甘く見ているところがあると思います。もちろん研究テーマと対象によるものではありますが。こうした手法は、私が研究員を務めていた国際宗教研究所 宗教情報リサーチセンターで学んだものと言えます。 菅野:それは先生の研究自体が新しいっていう証拠かもわかりません。本当ならば先行研究があってそこから引用なりなんなりしてくればいいけど、先行研究自体がないから引用のしようもないと。 塚田:それもありますね。個別に中野毅先生の『戦後日本の宗教と政治』(大明堂、2003年)のような創価学会=公明党の研究や、ケネス・ルオフの『国民の天皇―戦後日本の民主主義と天皇制―』(共同通信社、2003年)などはあったりするわけですが……。 菅野:日本のことなのに、海外の方がこの分野の研究が進んでる感じはありますよね。ケネス・ルオフが書いた『国民の天皇』の第5章「天皇制文化の復活と民族派の運動」が、まさに先生の本の第Ⅰ部に重なるところですよね。『国民の天皇』第5章の脚注で、典拠を確認していくと、ほとんど日本の学者から提供された資料ばっかりなんですよね。でも、日本の学者は書かない。日本の学者がこの分野に抱く興味は1968年以前の話ばかりのように見えます。しかし実態は、その後40年間、ほぼ同じメンツの人々が日本の右傾化運動を支えてきた。だけど学者はその辺のことを書かない。しかし若干書き残されたものはある。誰が書いているかというと、学者ではなく、右傾化に抗う運動をしている人々が書いている。 塚田:つまり革新陣営というか、共産党というか。 菅野:日隈威徳さんとか、俵義文さんとかとても重要なことを書いておられますよね。しかし対抗運動として書いてらっしゃるから、その瞬間その瞬間の闘争のことに偏っていて……。 塚田:それらが広く読まれるかというと、「その人たちはそっち側だからそういうことを批判的に取り上げているんだ」と捉えられていて、あまり読まれていないですしね。1968年ぐらいで記述が止まっているというのは、宗教研究のほうでも考えさせられる。以降の宗教界全体を見渡した歴史記述があるかと言われると……。 菅野:通史として日本の宗教界がどう動いたのか、特に、靖国神社国家護持法案以降、四分五裂した宗教界がどう再編成されたのかって話って、誰もやってないですよね。 塚田:また宿題が増えました(笑)。いわゆる政教問題が成立していく過程とかにも関心があり、研究を始めています。津地鎮祭訴訟くらいから辿っていこうと思いますが、そうすると当然靖国問題、靖国護持問題に踏み込まざるを得ない。 菅野:靖国問題もやっぱり当時のリアルタイムの資料で頼りになるのって、共産党の資料が中心になるというか……。日隈さんとか俵さんの資料、本当にすごいですもんね。 塚田:共産党の宗教状況の分析力は高く、ちゃんとやっていたんですよ。赤旗の記者だった柿田睦夫さんも、すごく貴重な蓄積をなしてきていらっしゃる。しかし、研究者はあまりちゃんと参照しない。でも、共産党とかなんだとか、属性は関係ないですからね。私は、ちゃんと書いてある、事実とデータをおさえているものは先行研究・資料として用いるというスタンスでやっています。 菅野:研究というか物を書くにあたって属性関係ないですもんね。事実かどうかだけが問題なわけで。 ⇒『社会的に問題ある団体と協働し「美しい国」を語るおかしさ』に続く <文/菅野完(Twitter ID:@noiehoie)> 塚田穂高●1980年、長野市生。國學院大學研究開発推進機構日本文化研究所助教。専門は宗教社会学で、新宗教運動・政教問題・カルト問題などの研究に取り組む。ちなみに、取材活動などがあるため残念ながら近影はNGとのこと。Twitter ID:@hotaka_tsukada
日本会議の研究

「右傾化」の淵源はどこなのか?「日本会議」とは何なのか?

宗教と政治の転轍点―保守合同と政教一致の宗教社会学―

戦後日本の宗教運動は、どのように、そしてなぜ、政治に関わってきたのか