「異常に染まってしまった普通の人」の物語かもしれない
前述したボーカルの自殺は、その後のメンバーの狂乱、そして破滅へとつながってしまう。ユーロニモスたちは、メイヘムの活動と並行するように、「誰が一番邪悪か」を競うインナーサークルを作るのだが、新たに参入したメンバーが暴走した結果、なんと教会を放火してしまい、サークルの主導権争いも熾烈なものとなっていくのだ。
© 2018 Fox Vice Films Holdings, LLC and VICE Media LLC
「取り返しのつかない事態へとエスカレートしてしまう」というところは、ある意味では普遍的な物語とも言える。チームを主導し統率をしていたはずが、新たなメンバーの参入により調和が崩れてしまうことも、組織ではよくあることだろう。
だが、本作が邪悪かつ異常なのは、「誰がいちばん悪いことをできるか?」という、子どものような「無邪気」とも言える動機で、ヨーロッパの社会問題にまで発展してしまうことだ。
そして、終盤ではユーロニモスが、皮肉でもなんでもなく「普通」の人間に思えてくるようにもなる。彼は、暴走の限りをつくし、教会の放火よりもさらに問題となる事件を起こしたインナーサークルのメンバーに嫌悪感を示し、まっとうな人間になろうとする意思もはっきりと見えるのだから。
ともすれば、本作は「異常に染まってしまった普通の人」の物語にさえ思えてくる。ユーロニモスは親友の遺体の写真を撮り、インナーサークルで自身もはっきりと犯罪行為に加担する、客観的に見れば間違った人間だ。だが、そんな彼でさえも、劇中の種々の出来事がなければ、(死なずにすんだかもしれない)親友たちと共に、真っ当な人生を歩めたのではないか……という「IF」を、どうしても考えてしまう。
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劇中で起こる出来事そのものは全く異なるが、「(バンドの成功と反比例するように)メンバーや大切なものを失っていく」過程は、『ボヘミアン・ラプソディ』(2018)や『ロケットマン』(2019)も同様でもあり、それこそが、この2作が好きな人に『ロード・オブ・カオス』をおすすめできる理由だ。過激で異常で邪悪ではあるが、同時に痛々しくて切なくて、大いに感情移入をさせてくれる、そんな物語でもあったのだ。
本作の魅力はキャスティングにもある。大物俳優の兄弟や息子が複数出演しており、主人公のユーロニモスを演じたローリー・カルキンは、あの『ホーム・アーロン』(1990)で大スターとなったマコーレー・カルキンの実弟だ。顔つきそのものが兄にとても似ており、その憂いを帯び、時には病的にも見える表情は、ユーロニモスの複雑な心情を見事に表現している。
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その他にも、自殺をするボーカルを演じたジャック・キルマーは『バットマン フォーエヴァー』(1995)などで知られるヴァル・キルマーの息子。メンバーの1人を演じたボルター・スカルスガルドは、『ターザン:REBORN』(2016)などのアレクサンダー・スカルスガルドの実弟にして、『マンマ・ミーア! 』(2008)などのステラン・スカルスガルドの息子でもある。
よく知る俳優の「面影」を見ながらも、そのキャラクターがこの世に生きているとしか思えないほどの実在感がある、というのも面白い。さらに、「メイヘム」の現在のヴォーカリストでもあるアッティラ・チハーの息子が、そのアッティラを演じていたりもする。
なお、監督のジョナス・アカーランドは、レディー・ガガやマドンナやポール・マッカートニーのミュージックビデオを手がけているベテランの映像作家であり、スウェーデンの先駆的メタル・バンド「バソリー」の元ドラマーでもある。メンバーの心情を繊細かつ大胆に映し出すことに成功し、「あの時代」の音楽と世界観にタイムスリップしたような感覚も得られるのは、実力派の俳優の熱演はもちろん、監督自身の経験も大いにプラスに働いているのは間違いない。