ロンドン再封鎖9週目。少しずつ日常を取りもどしつつも、社会に残るノイズは小さくない。<入江敦彦の『足止め喰らい日記』嫌々乍らReturns>

映画なら「人類滅亡」劇の顛末

ブラジル産のすもも

前回は南瓜を紹介したが、この季節外れの李もブラジル産。出鱈目に甘くて安くて美味かった。いわゆるひとつの「食べて支援」。看護婦さんだけで3000人亡くなっているのだもの…。

 先週の日記死者26万人を数えたブラジルの惨状をピックアップし、渡英したうちのひとりが隔離ホテルから住所も残さず雲隠れしたパニック映画のプロローグめいたエピソードを紹介しました。幸い逃げた乗客はロンドン南部の自宅で自己隔離していたところ確保されました。人騒がせな。これが本当に映画なら彼がペイシェント・ゼロになって人類滅亡の幕が切って落とされるところですが幸運にもクラスタは発生しなかった模様。  しかし3月6日に極右のジャイール・ボルソナーロ大統領が行った演説(*4)はそんじょそこらのホラー顔負けではありました。「26万人死んだからって、ぐずぐず文句垂れて、いつまでも泣いてんじゃねえよ!」とは、もはや人外の台詞です。以来連日コロナによる死亡者数が2000人オーバー。日本の緊急とは桁が違う緊急事態になりました。とりあえずサン・パウロの2週間完全封鎖(というより隔離)が決定したようですが、さて。  トランプが続投していたらアメリカもこうだったんですよね。まさに危機一髪でした。これも先週書きましたが、政府の無策、経済優先、ワクチン遅滞、保守政権の膠着、マスコミの忖度姿勢、左右ともに短絡化する傾向、などなど日本もブラジル化する可能性は充分にあった。生活習慣とDNAレベルでの助けで不戦勝だっただけですからね?  正直な話、週の後半はメーガン妃とハリー王子のアメリカでのTVインタビューの話題で英国は持ちきりでした。あまりにもセンセーショナルで、メーガン妃による「側近いじめ事件」なんか吹っ飛んじゃった。「どんなに肌の色が黒い子が生まれてくることやら」と彼女に言ったのは誰か? という犯人当てが井戸端会議(そうです! 8日から可能になったのです!)最大の話題であります。  世論は真っ二つ。51%がメーガン寄り。49%が王室寄り。これはワクチン接種肯定派はもちろん否定派でも打ってもらわなきゃ困るって類の話ではないので意見が割れても全然さしつかえ御座いません。モーニングショーの人気司会者が「あなたメーガン嫌いですよね? いつも皮肉ばかり」と指摘されてキレてスタジオを飛び出すなんて事件もありました。  興味深いのは男女の別やポリシーの左右、人種、貧富、階級(クラス)などではなくむしろ世代でオピニオンが別れているらしい。左派でも「王室とストリートじゃ差別といっても違うわよ」と白けている人もいれば右から「差別に等しい抑圧もきっとあっただろう」と擁護論が聴こえてくるといった具合。  でも、まあ、あれですよ。何もかもが塩梅よく収まるべきところに収まるなんて稀なんですよ。件のブラジル変異種流入事件からこっち空港でのイミグレーション通過はトンでもない難関になっていて、万全の陰性証明を持った英国籍の英国人が入国するのに7時間もかかったと新聞に載っていました。

使用済みのマスクは医療廃棄物と扱うべし

捨てられたマスク

普段、目立つ路上のゴミは拾ってくずかごに放り込む習慣だけど、さすがにポイ捨てマスクはその気にならない。感染リスクはなくても生理的に厭。レジ袋同様深刻な環境汚染です。

 マスク公害も深刻になってきているようですよ。イングランド北部の人口20万都市ヨークでは昨年12月以降1000枚以上の不織布マスクを路上から回収しており、これからの緩和に従ってポイ捨てマスク増加を懸念しています。一見「なあんだ」みたいな印象だけど存外怖いものを孕んでいるんですよ。これ。  例えばマスクのみならず毎日大量に廃棄される医療防護具(PPE)を悪徳業者が不法廃棄したら、それが原因でどんなトラブルが起こるやもしれません。物質に付着したウィルスは6時間ほどで空中に散じるとされていますが、それが湿ったマスクの山だったらまったく条件は異なりますよね。  フィリピンの首都マニラに近い沖合いではサンゴ礁がそれらPPEに覆われているというニュースも読みました。新コロのパンデミックで医療ゴミが通常に加えて一日280トンも累加していると判明したそう。レジ袋 スーパー袋もかくやのトラブルメーカーとなるのは時間の問題でしょう。 ◆ 入江敦彦の『足止め喰らい日記』嫌々乍らReturns【再封鎖9週目】3/4-10 <文・写真/入江敦彦>
入江敦彦(いりえあつひこ)●1961年京都市上京区の西陣に生まれる。多摩美術大学染織デザイン科卒業。ロンドン在住。エッセイスト。『イケズの構造』『怖いこわい京都』(ともに新潮文庫)、『英国のOFF』(新潮社)、『テ・鉄輪』(光文社文庫)、「京都人だけが」シリーズ、など京都、英国に関する著作が多数ある。近年は『ベストセラーなんかこわくない』『読む京都』(ともに本の雑誌社)など書評集も執筆。その他に『京都喰らい』(140B)、『京都でお買いもん』(新潮社)など。2020年9月『英国ロックダウン100日日記』(本の雑誌社)を上梓。
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