――『新宿・歌舞伎町 人はなぜ<夜の街>を求めるのか』は歌舞伎町の歴史や20年間を歌舞伎町で過ごした手塚さんのエピソードが詰まった本でした。執筆のきっかけはどのようなものだったのでしょうか?
手塚:一昨年、バタイユを読んでいたんです。その時に彼の言う「無意味の価値」はまさに歌舞伎町だなと思って。その頃ちょうど本の執筆のオファーを頂いていたので、「遊びの価値、無意味の価値をバタイユ的に解釈していく本を書きたい」と申し出ました。その頃は、「無意味の価値」を伝えるために歌舞伎町のガイドを執筆し、最後に歌舞伎町をバタイユ的に解釈した文章を掲載する予定でした。
ところが、バタイユを読んでいくうちにまとめの文章は掲載しないでエピソードを集めて掲載してこれが「不要不急の価値」「無意味の価値」だと読者に感じ取って頂く方がいいと思い始めて。それで歴史の話も掲載して、エピソードを散りばめた今の本の形になりました。
――本にはヘアサロンについても書かれていますが、歌舞伎町ならではのお店のエピソードはありますか?
手塚:髪の毛は自分でセットしてもいいわけですよね。でも、そこに行くのは、スタッフ達が「いってらっしゃい」と背中を押してくれるからです。そして、お店の人たちとのコミュニケーションが楽しいというのもあります。
出勤前に行って、お店の人に愚痴を聞いてもらったり、相談したり、自分で頑張った結果を褒めてもらう。誕生日だとしたら「誕生日頑張れ」と言ってくれて、次の日は「誕生日盛り上がったよ」と報告に行く。表参道の店で「今日は指名が4本入っている」という話はしないですよね。
例えば居酒屋でも同じです。コロナ禍前は24時間営業していて、ホストクラブが終わった後行けるお店もありましたが、家族の代わりをしてくれます。歌舞伎町のお店には必ず誰かにとっての家族がいるはずです。
ひょっとしたら、ホストクラブもそういう場所ではないかと思うんです。ホストはスナックのママさんみたいな感じです。ホストクラブにA君というホストがいたら、その店はA君のお店なんです。お客さんはA君に会いに行って「今日こんなことがあったんだよ」と報告する。それがお客さんにとっての活力や安らぎになるんです。
――歌舞伎町は「目指す街ではなく、漂流した末に辿り着く街」という言葉が印象に残りました。今改めて振り返ってみてどう思いますか?
手塚:やはり許してくれる町だったと思います。20代は無為に過ごした面もありますが、人を頼って人に依存して生きていました。本にもあるように、いろんな失敗をして人に迷惑を掛けたこともありますが、許してくれる街だからやって来れたのかもしれません。人は一人では生きてはいけません。いろんな人に助けてもらって歌舞伎町で「甘える力」を身に付けたと思っています。そして、今ではそのことに感謝しています。
――2度目の緊急事態宣言が発令中ですが、周囲の反応はいかがでしょうか?
手塚:変わらないという印象です。自分も含めて周りの経営者と特に話しているということもありません。というのも、1回目の緊急事態宣言の時には先を見据えてアクションしなければという思いが強かったのですが、その後の政府の対応は余りに中途半端な気がしています。
しかし一方で、政府の対応も含めた世間の醸す空気感に合わせて商売が動いていることを勉強させられました。今は、新しい情報に振り回されることなく、現場の空気を見ながら目の前の一つ一つの判断をすることが大切だと思っています。
<取材・文/熊野雅恵>
くまのまさえ ライター、クリエイターズサポート行政書士法務事務所・代表行政書士。早稲田大学法学部卒業。行政書士としてクリエイターや起業家のサポートをする傍ら、自主映画の宣伝や書籍の企画にも関わる。