至極まっとうな要求ではあるが、民事調停の申し立てに関してはネット掲示板やSNSでネガティブな反応が起きている。批判に共通するのは「文句あるなら解約すればいい」という論理だ。デベロッパー側は引き渡し延期により「契約をキャンセルすれば手付金を全額返金する」とアナウンスしているからだ。
しかし、そんな単純な問題でもない。二重で住宅ローンを組めないため、現役世代の購入者の多くは先に住んでいる物件を売却し、入居までの間は賃貸に住むケースが多いからだ。解約すれば、予想外の出費が嵩んでしまう。
さらにこんなケースも。民事調停の申し立てに加わった30代の男性契約者も話す。
「私の父親は仕事で海外に出ていることが多く、普通の親子と比べると一緒に暮らした時間が短かった。そんな父親も60代半ばとなり、余生を親子一緒に過ごせないかなとかねがね思っていたところ、運よくこの物件(約1億円・110㎡)の抽選に当たった。父親は退職して帰国することを決め、私も恋人と結婚して父と母、私と妻の2世帯で入居する予定でした。
しかし、デベロッパーの一方的な決定で、そうしたライフプランが崩れ去った。母親は私がそばで世話をしなければ生活が難しいという事情があるのですが、都心で大人4人がゆとりをもって生活できる住居は意外と少ないので、解約も難しい。まさに路頭に迷っている状態です」
ほかにも、子どもの小学校入学に合わせて購入を決めたのに、延期となった1年間だけ別の小学校に通わせ、転校させなければいけなくなったケースもあるという。
昨年11月、選手村を視察し選手に語りかけるIOCバッハ会長 写真/時事通信社/TOKYO 2020
晴海フラッグの契約者が集うネット掲示板では、「まじゆるせない みなさん立ち上がりましょう!」と団結を呼びかける者もいれば、「損害求めて補償とか恥ずかしい」と、補償要求に反対する書き込みも。入居前の段階から、住民間の対立に発展しているのだ。
一方で、解約した者も少なくなかった。前出の榊氏は、晴海フラッグの契約者について「自業自得」というスタンスだが、1年間の引き渡し延期によるリスクについてこう指摘する。
「1年間の延期による最大のリスクは長期金利引き上げの可能性です。安倍前首相のもと、ゼロ金利を維持してきた黒田日銀総裁の任期は’23年4月。さらにアベノミクスを引き継いだ菅政権も風前の灯です。今後、市場が新型コロナからの回復バブルに向かうことが予想されるなか、それぞれの後継者はゼロ金利政策を見直す可能性が高い。
そうなればゼロ金利の上に成り立っていた現状の不動産バブルも崩壊します。今、住んでいる物件を売却して晴海フラッグの購入に充てていた場合、その差額が拡大する可能性もあります」