スポーツ界の感覚では「後任川淵」は妥当? その実績と危惧される要素

中止になれば「敗戦処理」必至だが……

 開催まで残りは半年しかないなかで、しかも中止になった場合は、五輪の敗戦処理まで引き受けることになる。それでも川淵氏はよいのだろうか。 「火中の栗を拾うような冒険をしてきた人ですからね」と、サッカー関係者のひとりは言う。 「今の若い人は遠い昔の話で想像できないでしょうが、1980年代までサッカーはアジアでも弱小国でした。ライバルだった韓国に全く勝てなかったのは有名ですが、そればかりか、タイやマレーシアやインドネシアなどの東南アジアの国にも負けることもあるくらいでした。その時に日本サッカーが強くなるためにはプロリーグが必要だということで、始まったのがサッカーのプロ化の動きでした。もちろん当時は、そんなことが出来るはずはないという論調が大勢をしめていました。まさに火中の栗ですね。それを様々な紆余曲折はありながらも、最終的にJリーグに結実させたのは、やはり川淵さんの手腕なしでは考えられません。」  修羅場や一筋縄ではいかないところに出ていくのは川淵氏の宿命なのか、本人が望むところなのか。

川淵氏にも十分ある舌禍を招く資質

 ところで森喜朗氏は今回舌禍騒動で、そのワンマンぶりをも批判されて辞任となったわけだが、今回後任となる川淵氏も、かつては日本サッカー協会の会長として君臨したのが災いして、一時期激しい批判を浴びたことも記憶している人もいるだろう。口が禍の元となるのは、森氏のみならず川淵氏も体験してきたことなのである。  それが2006年の「オシムって言っちゃったね」舌禍事件である。  2006年のドイツワールドカップで、当時史上最強の世代と言われていた日本代表がジーコ監督の指揮のもと0勝2敗1分とグループリーグ通過にほど遠い結果出敗退した。  円熟の年齢にいた中田英寿や、絶頂期にいた中村俊輔などを要したチームだったが、もともと大会前から、ジーコ監督の手腕にファン・サポーターが疑問視されていた。その最強チームを率いての敗退は、大きな批判を招いていたこともあり、ジーコ監督の任命責任に日本サッカー協会に対する不満を鬱積していた。  ところがである。大会直後の日本サッカー協会の記者会見で、敗退を総括して反省の弁を述べるかと思われた、当時の日本サッカー協会会長だった川淵三郎氏が、ジーコ監督の後任の選考を進めているのかと記者問われて、発表するべき場ではないはずのところで、イビチャ・オシム監督であることをポロリともらしてしまったのだ。  オシム氏は、当時まだジェフユナイテッド千葉の監督を務めていたこともあり、交渉自体が非公式なものだったので、ジェフユナイテッド側も困惑することになったが、それよりも怒ったのはファン・サポーターである。 「頭を整理し切れずに(名前が)出てしまった。なかったことにはならないだろうね。頭がさえてない」と川淵氏はすぐに釈明したが、この「失言」を熱心なファン・サポーターたちは、うっかり言ってしまったとの言い訳をその通りには受け取らなかった。  つまり、あれだけ批判があったジーコ監督をそのまま続投させた任命責任をうやむやにするために、わざと次の監督人事をリークする大芝居をうったのではないかと考えたのだ。
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かつては「解任デモ」まで起きたことも
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