環境監視等委員会の資料には、録音されたソナグラム(2020年8月16日検出例)について記されている。沖縄防衛局、普天間飛行場代替施設建設事業に係る環境監視等委員会(第29回)資料4「工事の実施状況等について」より(2020年11月)
今回の交渉で、また新たな事実が一つわかった。この音声、つまりジュゴンの鳴き声か、人工物が発する音かどうかと議論を呼んでいる音声は、防衛局が設置する
「環境監視等委員会」(委員長・中村由行横浜国立大大学院教授)に提供されていなかったのだ。
環境監視等委員会とは、防衛局が辺野古工事による環境への影響の低減について指導・助言を求めるために設置した専門家委員会で、委員にはジュゴンなど海洋生物に詳しい荒井修亮氏(水産研究・教育機構理事、水産大学校代表) も名を連ねる。
会議の議題に、記録された音声がジュゴンの鳴き声か人工物由来の音かどうかを挙げながら、
音声そのものを専門家である荒井氏も聞いていなかったことを防衛省は認めたのだ。
日本自然保護協会の安部真理子さんは
「私が今日一番驚いたのは、委員の荒井先生がジュゴンの鳴き声かもしれない音声を聞いていないという点です。防衛局も自分で(調査会社から)録音を入手し、環境監視等委員会の専門家の先生方にもきちんと情報提供すべきです」と驚きと呆れをあらわにした。
防衛省の説明によると、ジュゴン鳴き声の分析プロセスは、まず調査の受託業社である
「いであ」(東京都、環境建設コンサルタント)が録音データの識別を行う。その後、海洋生物の専門家が録音データの確認をする。そこで得られた情報を、沖縄防衛局が環境監視等委員会にはかって説明をしているそうだ。
補足情報だが、
「ジュゴンの鳴音の可能性が高い」と意見している海洋生物専門家の名前を防衛省に質問したところ、
「氏名を非公表にするという条件で引き受けてもらっている」と回答する一幕もあった。
そして、この音声の提供を受けていない専門家は荒井氏だけではないようだ。ジュゴンの鳴き声を研究している京都大学フィールド科学教育研究センターの市川光太郎准教授は、
『朝日新聞』の取材に対して
「(人工物の音が発生源である可能性について)沖縄の状況を把握できないので何とも言えない」と答えている。
少なくとも記事が出た昨年9月、つまり鳴き声の検出が報告されてから5か月が経過した時点では、音声は提供されていなかったとみられる。
環境DNAによる調査についても、議題にすら上がらなかった
防衛省と交渉する、日本自然保護協会の(右から)大野さん、若松さん、安部さん、福島みずほ参議院議員、「FoE Japan」の満田さん(2020年12月17日)
防衛局の調査では、ジュゴンの姿も食み跡も確認されていない。しかし、ジュゴンの鳴き声の可能性がある録音データが存在するからこそ、次の生息確認方法としてより詳細な調査が必要となる。
環境保護団体は、環境DNAによる生息調査をかねてから防衛省に要請してきたが、今回の交渉で
防衛省は環境DNA調査の必要性を環境監視等委員会にはかっていなかったことも明らかになった。
環境DNA分析は、生きているジュゴンから遊離・放出されて水中に浮遊するDNAを調べることで、調査対象海域におけるジュゴンの存否確認を行う最新の手法である。
IUCNは2019年9月に国内外の専門家を日本に招致して作業部会を行った。そして同年12月、環境DNAやドローンによる調査を含む包括的な調査計画を日本政府・沖縄県・環境NGOに提案した(ちなみに前述の市川准教授は、ジュゴンの鳴き声の専門家としてこの作業部会に参加している)。
ジュゴンの生息調査における環境DNA分析は、沖縄県と環境省が他の地域で実施している。日本自然保護協会の大野正人さんは
「防衛省は、なぜ辺野古・大浦湾でも環境DNA調査をしないのか?」と質問した。
防衛省は
「その必要性はないと承知している」と改めて回答。根拠として
「環境監視等委員会の指導助言を受けつつ、それを踏まえて我々が事業としてやっている」とした。しかし、同委員会に環境DNA調査の必要性をはかったのかと大野さんに問い質されたところ、議題にすら挙げていなかったことが明らかになった。
同協会の安部さんは防衛省に対し、
「IUCNという国際機関を非常に軽く考えていることがよくわかりました」と再度あきれた様子を見せ、こう念を押した。
「防衛省は情報の取捨選択をしているのではないでしょうか。IUCNの調査計画は、沖縄のジュゴンが絶滅の危機にあるから提案されたものです。ジュゴンの鳴き声が大浦湾で見つかったからには、生息状況が分かる方法はすべて必死でやってもらいたいのです。IUCNの調査計画についても委員の先生方にはからなければ、日本政府として不真面目だと受け止められても仕方がありません」