ある意味においてチベット社会を俯瞰しているとも言える本作。チベット出身のペマ監督はなぜそのような視点で映画を撮ることができたのだろうか。それを聞くとこんな答えが返ってきた。
「チベット人の生き方を表現したいと思っていました。それが私の映画製作の出発点だったんです。と言うのも、今まで撮られてきたチベット人の映画は、それが漢民族の人たちによって撮られたものだと、ごく表面的な部分しか描かれていませんでした。
©2019 Factory Gate Films. All Rights Reserved.
そして、そのことに不満を抱いていたので、チベット人である自分が本当のチベット人の文化、気持ちを表したかったんです。そのためにかなり広い視点から映画を構築していったので、それが第三者的な視点と映ったのかもしれません」
そして、チベット人の女性たちの思いは海外の女性たちにも伝わったという。
「2019年のベネツィア国際映画祭で上映された時の評判はとても良く、なかでもドルカルの人物像はヨーロッパの女性たちに共鳴してもらうことができました。違いはキリスト教とチベット教の差で、望んでいるとは言えない時に子どもができた時の困惑などは全く同じであるとのことでした。僕はあくまでもチベット人の視点でチベット人を描いたつもりでしたが、女性の普遍的な悩みが海外の方にも伝わったことがわかり、嬉しかったですね」
ペマ監督は、小説家としてスタートした後に、映画のトップスクールである北京電影学院に入学し、映画脚本と監督学を学び映画製作を始めた。「小説も映画も好きだったが、小説の方が取り組み易かった」ため、まずは小説家になったのだという。
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当時のチベットは映画を見る環境はもちろん、映画製作ができるような環境ではなかったようだ。そこで、ペマ監督は一人でも取り組める小説を書き始め、30代に入ってから北京電影学院に入学し、映画を学んだ。今は小説を書き、映画も撮るという日々を送る。
『羊飼いと風船』が日本初公開作品となるペマ監督だが、チベットに留まることなく、中国への留学を果たし、映画製作で数々の海外の映画祭などを回り、外の世界に影響を受けてきたからこそ、この映画を作ることができたという。日本のより多くの人にこの映画を見て欲しいとインタビューを締めくくった。
ドルカル、タルギェ、妹のドルマ、そして妹のかつての交際相手。皆それぞれの直面する問題と対峙しているが、その悩みを創作に昇華して描きたかったというペマ監督。その葛藤は万国共通であり、国境を越えて人々の心を打つ。
チベットの雄大な自然を背景に描かれた、細やかな機微の溢れる人間ドラマの結末に正解はない。様々な意味で豊かなこの物語を劇場で味わってみることをお勧めしたい。
<取材・文/熊野雅恵>
くまのまさえ ライター、クリエイターズサポート行政書士法務事務所・代表行政書士。早稲田大学法学部卒業。行政書士としてクリエイターや起業家のサポートをする傍ら、自主映画の宣伝や書籍の企画にも関わる。