――昨年、助成金交付要綱が改訂され内定取消事由として「公益性の観点から不適当と認められた場合」の項目を追加され、令和2年度の助成活動の募集案内には「キャスト・スタッフが重大な違法行為を行った場合には取り消しがあり得る」との文言を付されたとのことでした。芸術文化振興会は、助成金の取り消しによって減少した製作費は、製作会社のキャスト・スタッフに対する求償によって填補することを想定しているのでしょうか。
四宮:おそらく不祥事によって助成金の交付が覆された場合は当事者間で解決してくださいということなんだと思います。助成金の決定が覆ったとしたら、その分は製作会社がキャスト・スタッフに損害賠償を請求するということですね。そして、そのような事態を防ぐために、例えば薬物検査などを徹底してくださいということなのでしょう。
しかし、このような運用にすると、コストもかかるしプライバシー侵害の問題も出て来る。また、例えば末端の助監督が不祥事を起こして逮捕されたような場合、徹底的に隠蔽するのではないでしょうか。有名人のキャストの不祥事は隠せないかもしれませんが、スタッフの不祥事についてはそういう流れができ兼ねないとも感じます。それはかえって不健全な制作環境を作り出し、それこそ「公益性」を害するのではと心配です。
――映画製作者は、キャスト・スタッフの不祥事によって助成金がいつ取り消しになるかわからないリスクをずっと抱えなくてはならないような気もします。その影響とはどのようなものなのでしょうか。
四宮:キャスト、スタッフの一人足りとも犯罪者を出してはいけないということになります。「重大な違法行為」という言葉の判断基準は曖昧ですが、交通事故も違法行為ですので、対象になるのかもしれません。しかし、現場の撮影では、交通事故レベルのことはしばしば起きています。
そうなれば、取り消されるかもしれない助成金を頼りにして映画製作をすることはできなくなってしまう。自然と映画の規模が小さくなっていき、結果として日本映画の産業そのものが萎縮して小さくなってしまうのではないでしょうか。また、コントロールがしやすいアニメの製作が多くなり、トラブルを起こす可能性のある人間が携わる実写映画はリスクを避けるため減少するかもしれません。
そうすると、映画の多様性は維持できなくなってしまいます。なぜ国が芸術・文化に対して財政的な支援をするのかと言うと、価値観の多様性を確保するためです。財政的な支援がなければ、いわゆるヒットしやすい映画ばかりが市場に流通することになってしまい、映画の多様性は維持できず、結果として社会における価値観の多様性が維持できなくなってしまう。
2007年から文化多様性条約という条約が各国で批准されていますが、日本は2021年1月の段階で未批准です(編集部注:当初配信段階で2019年に批准となっておりましたがそれは誤りでした)。文化芸術を支援し、価値観の多様性を維持するという点において、日本は遅れている可能性がある上に、更に遅れを取っていくことになってしまうのです。
また、例えば、日本においてはいわゆる商業映画ではなく、カンヌやべネツィア、ベルリンなどの国際映画祭で高い評価を得ているメッセージ性や芸術性の高い作品の多くは、助成金のサポートを得ています。そういう意味では日本の映画界は助成金なしでは成り立たないと言っても過言ではありませんが、そこに来て助成金を受け辛い環境になってしまうことは、日本映画界全体の質の低下にもつながり兼ねません。
――テレビ局のディレクターを経て弁護士として、またプロデューサーとしても映画業界の実務を20年以上手掛けて来られました。そのご経験の中でお感じになっていることはありますか?
四宮:映画業界がもっと社会から信用を勝ち取らなくてはいけないとも思っています。例えば、東京では映画のロケの許可を取ることが困難ですが、その背景にはかつての撮影マナーの悪さがありました。また、昨今、ミニシアターでの労働問題が話題になりましたが、製作の現場での報酬の未払い問題も頻発しています。私たちの事務所でも業務委託料や出資金に対する収益分配の未払いに関するご相談はかなり多く、裁判になるケースも増えています。
今回の事件もそうですが、国民からの「なぜ『宮本から君へ』に助成金を出さないのか」という行政に対する批判が多いとはいえません。「なぜ映画なんかに税金を使うんだ」と思っている人もいるのでしょう。そもそも文化芸術に対する興味関心が低いということもありますが、やはり映画業界が社会的に信用を得ていないということもあるのかもしれません。そして、行政側にはその意識を忖度しようとする姿勢があるのではないかと感じます。今回の事件はそうしたことを改善できるきっかけになればいいと思っています。
また、今回問題になった助成金ですが、日本の映画に対して支出されている金額は多く見積もっても約60億円であり、韓国の400億、フランスの800億と比べれば助成額そのものが低いという事情がまずあります。
にもかかわらず、新人監督は多いとは言えない助成金に頼って何とか作品を作ってデビューしているという現実があるんです。というのも、昔は製作・配給・興行を例えば東映などの特定の映画会社がすべて引き受けるプログラムピクチャーがあり、会社が監督を雇って、映画俳優も若手を育成するシステムができていました。ところが今はそのシステムがありません。また、新人が自分の作品に第三者に出資してもらえるケースは非常に限られています。そこで、監督自らが自分で資金を捻出して作るインディーズ映画の製作がクリエイターをデビューさせ、育てる意味でも非常に大切なものとなっています。役者の発掘、育成に関しても同じことです。
そして、インディーズ作品は配給が付かなかったり、途中まで決まっていても予算規模が合わないと配給が下りたりすることがあり、作ったもののお蔵入りになってしまうというケースもあります。テレビは「何年何月から始まるクールで放送する」という出口を決めてから作り始めますが、自主映画は作ってから公開する劇場を探すことも多いです。映画館は完成作品を見てみないと上映できるかどうかわからないので、とても難しいのですが、もっとインディーズの映画を作って公開できる仕組みを作らないといけないと思います。そうでなければ、映画業界を目指す人がいなくなってしまうのではないでしょうか。
各業界それぞれに解決すべき問題はあるものの、行政による文化芸術への支援は世界的に重視されていますし、日本でも憲法で「文化的で最低限度の生活」を保障しなければならないと規定されています。文化の多様性は価値観の多様性につながり、民主主義の礎となります。ですので、文化芸術活動への助成や支援は本来的に積極的であるべきで、今回の訴訟をきっかけにその傾向が促進されることを願っています。
<取材・文・撮影/熊野雅恵>
くまのまさえ ライター、クリエイターズサポート行政書士法務事務所・代表行政書士。早稲田大学法学部卒業。行政書士としてクリエイターや起業家のサポートをする傍ら、自主映画の宣伝や書籍の企画にも関わる。