追悼、デヴィッド・グレーバー。誰もが考えていることを膨らませる力。<酒井隆史×矢部史郎>

「罵らない」政治

酒井 グレーバーがいっていることに「罵らない」政治というのがある。グレーバーは1980年代のアメリカのアナキズムの運動に関心があって行ってみたら、そしたら、セクト争いというか、一人セクトばかりというか、ものすごく罵り合っているのに直面した。「罵る」アナキズムだというんだけど、これではやっていけないし、罵らないやり方を考える、ということ。  罵ることについては知の世界もおなじで「邪悪なセクト主義」があるとグレーバーはいっているよね。ひとの文章のなかに、悪のナショナリズムを探り当てたり、悪のコロニアリズムを見出して、それをえぐり、えぐり出していく、それがラディカルなんだ、というようなもの。「邪悪なセクト主義」というのはサブさんの訳だけども。 矢部 (爆笑)これは日本でもそう。そういうのが大好きだから。不幸な歴史を今でも繰り返している。 酒井 今でもそうだよね。ただ「罵り」は相変わらずあるというか、ネットのおかげでもっと蔓延しちゃったけど、本格的な論争はなくなった。それが、日本の風景になっちゃった。おもしろいわけがないよね。 矢部 確かに。ノンセクトの運動なんかのなにがウケるかというと、身もふたもないことをいって笑ってしまうのがやはり強いというか、力になる。だからあれが悪い、これが間違いだというのばかりじゃなくて、そもそも身もふたもない話をしちゃうという。

「予示的政治」とだめ連

酒井 で、グレーバーのいう「予示的政治」の話になるけど、これは当時の(ネオリベラリズムによるグローバリゼーションに抗する世界的な動きである)反グローバリズム、オルタグローバリゼーションの運動のなかで、先住民、クエーカー、フェミニズム、アナキズムの運動に由来する、アナキズム的組織原理が優位になっていくにつれ、重要になった発想。  「We are image of the future(われわれは未来のイメージである)」なんてスローガンが、それをよくあらわしている。それはいま「ここがあたかも自由であるかのように、あたかもここが未来であるかのように振る舞う」ということなんだけど、それがグレーバーにとっては大きな経験だった。  矢部くんとの対談でも、マダガスカルのフィールドワークの話をしてるじゃない?世界中にはさまざまな自律空間があるって話。そこでみたものがなにを意味しているのか、「あたかも自由であるかのように振る舞う」という風にグレーバーは表現するよね。  グレーバーは、最初はわからなかったんだけど、やがてマダガスカルのひとたちが、国家がほとんど崩壊しているのに国家があるかのようなふりをしていることに気づく。でも、国家があるようなふりをしないと、ほんとうに国家がやってきてしまい、自律空間が維持できない。国家をはねのけるために、すでに国家があるようなふりをする。やることなんかないのに、毎日役所に通ったりして。実際には、マダガスカルでは、評議会というと大げさだけど、みんなの話し合いのようなもので意思決定をしている。  これはわれわれにはすっと入ってきた、「あたかも自由であるかのように」振る舞うカルチャーは濃密にあったものね。あと、関連してこれはいっておかなきゃいけないなとおもうのは、(社会で「だめ」とされる有様を否定するのではなく、それを「だめ」とする状況を問うオルタナティブな「生き方模索集団」)だめ連の「いまここでフラワー」なんだよね。 矢部 (笑) 酒井 (だめ連の)神長(恒一)くんの名言ね、「いまここでフラワー」。そういう発想って68年以降の日本でもあって、神長くんが初めてとはいわないけど、ここまで明確化してるっていうのが大事。 矢部 「毎日フェスティバル」だから(笑) 酒井 「毎日フェスティバル」、「いまここでフラワー」、とかね。グレーバーのいう「予示的政治」って、要するに「いまここでフラワー」ってことか、と。すぐわかった。なるほどとおもって、そういう同時代性だよね。 矢部 マダガスカルを経由して、グレーバーとだめ連の共通性が浮上する。 【プロフィール】 酒井隆史(さかい・たかし) 大阪府立大学教授。社会思想。『通天閣 新・日本資本主義発達史』で第34回サントリー学芸賞受賞。著書に『自由論 現在性の系譜学(完全版)』『暴力の哲学』、訳書にD・グレーバー『官僚制のユートピア テクノロジー、構造的愚かさ、リベラリズムの鉄則』、『ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事の理論』(共訳)、『負債論 貨幣と暴力の5000年』(共訳)、マイク・デイヴィス『スラムの惑星』(共訳) 矢部史郎(やぶ・しろう) 愛知県春日井市在住。文筆・社会批評・現代思想。著書に『夢みる名古屋』、『3・12の思想』、『原子力都市』、『愛と暴力の現代思想』(共著)などがある。
フリーの編集・ライター。編集した書籍に『夢みる名古屋』(現代書館)、『乙女たちが愛した抒情画家 蕗谷虹児』(新評論)、『α崩壊 現代アートはいかに原爆の記憶を表現しうるか』(現代書館)、『原子力都市』(以文社)などがある。
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