ワクチンの知財保護で世界は分断されてしまうのか? 議論呼ぶ「ワクチン・ナショナリズム」

Pfizer BioNTech COVID-19 vaccine California

Photo by Jeff Gritchen/MediaNews Group/Orange County Register via Getty Images

先進国によるワクチン・治療薬の争奪戦

 新型コロナウイルス(COVID-19)は今も世界で広がり、多くの国で第二波、第三波が押し寄せている。  そんな中、先進国の製薬企業は、COVID-19に対する医薬品とワクチンの開発を猛スピードで競い、有望なワクチンをめぐる国家間の争奪戦も過熱している。ワクチンの早期実用化を目指す米国は、6社と計8億回分の供給契約を結んでおり、契約額は合計で92.5億ドル(約9800億円)に上る。EUは、予備的な合意も含め5社から14.85億回分の供給を確保。このうち4億回分を供給する英アストラゼネカには3億3600万ユーロ(約420億円)の手付金が支払われた。  日本政府もワクチンの確保に急いでいる。アストラゼネカと米ファイザーからそれぞれ1億2000万回分を確保した。米モデルナからは4000万回分以上の供給を受ける方向で協議しているほか、武田薬品工業は提携先の米ノババックスのワクチンについて、年間2億5000万回分以上の生産能力を構築する見込みで、合計5.3億回分を確保したことになる。  こうした先進国の争奪戦の中、世界人口の多数を占める途上国・新興国は、医薬品・ワクチンの確保に大きな不安と課題を抱えている。先進国のように製薬企業と事前契約を結ぶ財源もないばかりか、新型コロナ以前から存在するHIV/エイズやマラリア、その他感染症の対応に医療を含む国内の様々な資源を割かなければならないからだ。この数カ月で見られるいくつかのワクチンが有効であるとの結果は、先進国の人々にとっては「朗報」である一方、途上国の人々にとっては、いつ入手できるかもわからない遠い話だ。

医薬品アクセスを阻んできた知的財産権の壁

 COVID-19感染拡大の前から、途上国・新興国での医薬品アクセスを脅かしてきたのが「医薬品の特許」の問題だ。  医薬品特許をめぐる国際的なルールは、1995年に設立された世界貿易機関(WTO)での知的所有権の貿易関連の側面に関する協定(TRIPS協定)で決められている。  TRIPS協定は、知的財産権の保護と執行、違反の場合の措置などを定め、各国の国内法を拘束する。知的財産権には、著作権や特許、植物の新品種の保護、地理的表示や意匠など幅広い分野が含まれるが、医薬品・医療に関係するものとして代表的な医薬品の特許期間は20年以上と定められている。医薬品の開発企業の特許を一定保護する必要はあるものの、圧倒的な経済格差の中で特許保護のみが追求されれば、貧困者には命をつなぐ医薬品は届かない。そのため、WTOにおいてはこれまでも安価な医薬品の早期で広範なアクセスを求める途上国・新興国側と、製薬企業を抱える先進国側が激しく対立してきた。
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