『JR上野駅公園口』で全米図書賞受賞の柳美里が語る、「書いていた時期は『どう死のうか』と毎日考えていました」

“共苦”する小説

柳美里

書いていた時期は「どう死のうか」と毎日考えていました

 実際に柳氏の近年の小説は喪失が題材のものが多い。これまで“柳美里”というと、「私小説的な世界を書く作家」という印象が強かったが、東日本大震災後は「自分が語る言葉ではなく、自分が聴く言葉によって導かれた」とも書いており、作家として新たな境地へ進んでいることがうかがえる。 「私は南相馬市のラジオ番組で地域の方から話を聞いてきましたが、『あなたの気持ちはわかります』と言うことはできません。でも話を聞いて、起きた出来事を想像することはできます。話を聴くことは、自分の枠組みや思想を一回外し、自分を傾けて、相手の話にシンパシーを覚えることです」  柳さんはそれを「共苦」と呼んでいる。その共苦を続けるなかで、「自己」の枠組についての考え方も変わってきたそうだ。 「『自分を持て』とか『お前は自分がない』などと批判する人がいますが、自分という枠組みは、実は他者からの影響によってつくられるもの。人は他者から逃れられないし、そもそも自分自身が他者なんです。  だから自分はいくらでも組み替えられるし、編み込む他者は多いほどいいと思うようになりました。共苦を根っこに持てば、自分の属性とかけ離れた登場人物でも、私小説を書くように書けます」  “共苦”する彼女の小説は、多くの“孤絶”する人を救っている。

被災地で生活に困窮した出稼ぎ労働者の実態

悩む男性

写真はイメージです

 柳氏が話すように、南相馬市では震災復興や原発関連の仕事で他県から流入した労働者が現地で生活に困窮する事例が発生。生活福祉資金の融資などを行う南相馬市の社会福祉協議会(以下、社協)には、「生活費を借りたい」と訪れる人が多かったという。担当者に話を聞いた。 「『宿泊施設も3食の用意もあり、給与も高給』という謳い文句を信じて仕事に来たものの、現地では仕事開始までの待機期間があり、その期間は給与もゼロ。なのに食費や生活費の支払いを要求され、相談に来られるというケースです」  なお社協で融資を受けるには「住民票が地元にある」「返済計画と保証人が必要」などの条件がある。その条件を満たせない人もいるが、「そのまま帰すことはできませんでした」と話す。 「当初はスタッフが持ち寄った即席麺や菓子パンなどを提供していましたが数が追いつかず、フードバンクの仕組みを整えて食品を収集・提供しています。ただ、炊事環境が整っていない人は『レトルト食品が温められない』ということもあって……。支援の難しさを感じています」  使命感と善意ある人に社会は支えされているが、頼るばかりではいけない。明日は我が身だ。 <取材・文/古澤誠一郎 行安一真 撮影/後藤 巧>
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