’16年に小高に戻って浦島鮨を復活させた大将の山沢さん。「足を運んでくれる人には必ず旨いネタを」と、仕入れは欠かさない
’18年4月には南相馬市で自宅を改装した書店フルハウスを開業した柳氏。芥川賞作家の書店開業は地域に賑わいをもたらした。
近隣で「浦島鮨」を営む山沢大将は、「柳さんがよくイベントを開いてくれるから、集まった人がウチにも寄ってくれる。一般の人が移住してもそうはいかないから、本当にありがたいですよ」と語った。
一方で、東京五輪の開催決定が被災地にもたらした影響も目の当たりにしていると柳氏は話す。
「腕のある若い作業員は賃金の高い東京に奪われ、福島には沖縄や大阪の西成など、最低賃金が安い地域の人たちがリクルートされてくるようになりました。募集時は『
関東方面の仕事だ』とだけ伝えて、炊き出しに並ぶ人たちが原発の収束作業や除染作業に駆り出される例もあったそうです」
被災地で命を落とす人や、ホームレスになる人もいたという。
「私の住む南相馬にはホームレスのシェルター施設がありません。地元のお寺では、引き取り手のない遺骨も増え続けているそうで。こうした状況は『
JR上野駅公園口』とは対になるものだと感じているので、来年は『
常磐線夜ノ森駅』という小説を書くつもりです」
コロナ禍で女性の自殺者は増加。11月には渋谷区で64歳のホームレスの女性が殺害される事件が発生。自殺や住む場所の喪失という問題は、本作が書かれた’12年より深刻さが増しているのかもしれない。
「自殺に至る要因には経済苦や病気などさまざまなものがあると思いますが、
最も人を追い詰めるのは『孤絶』。周囲との繋がりを絶たれた女性が多いということだと思います」
柳氏は一人の男の孤絶を描いた。そのなかで、人の人生について「終わりはあっても、終わらない。残る――」とも書いている。
「人生のなかでは得られるものよりもなくすもののほうが多いですし、誰もが最後は命をなくします。私は、なくなったものも
“響きとして残り続ける”と思っている。渋谷区のホームレスの女性は命を落としましたが、彼女の人生の苦しみや悲しみ、かつてあったであろう楽しみや喜びは、決してなくならない。
そうした喪失を描くのが小説家の仕事だと思います」