コロナ禍で妻が出産! そのとき父親は? 妻の初産とコロナ禍が重なった父親の記録

実感のわかない出産当日

 そして、入院当日。平時であれば、夫婦で期待は分かち合いながら増幅させ、不安があれば励まし合いながら軽減させるはずですが、そうはいきませんでした。大荷物を持って病院までは付き添いましたが、本人以外は部屋に入ることができないため、私はそのまま帰路に着いたのです。  妻は、選択的帝王切開という方法での出産だったので、翌日その手術で出産となることがわかっていました。明日、父になるというのに、その夜は実感も特にすることもなく、手持ち無沙汰に過ごしました。  翌日は「前の人が終わり次第」ということだったため、何時に手術が始まるか分からずに、相変わらずふわふわした時間を過ごしていると、妻から「行ってきまーす」というLINE。その時に気が付いたのですが、出産したことは誰から連絡が来るのか聞かされていなかったのです。妻からLINEがくるのか、それとも担当医から電話がくるのか。そもそも妊娠期間中、私は担当医に1度会っただけで助産師さんや看護婦さんは顔も名前も知りません。予定の時間をすぎてもピクリともしない私のスマートフォン。やけに不安が募ります。そんな時、病院からの電話がかかってきて担当医の声で「母子ともに問題ありません」と伝えられました。大いにホッとしましたが、正直にいって、実感や感動は特になかったのも事実。しかも、この実感のないお預け状態が、およそ1週間つづくことになるのです。

生まれたての我が子に会えない

 生まれた日の夜に、妻からは子供の写真が送られて来ましたが、スマートフォンの画面を通して見る赤ん坊に、まだなんの感慨も得られないでいました。  それから退院までの約1週間は、2日に一度のペースで妻の洗濯物を交換しにいくタイミングで5分ほど会う程度。もちろん我が子は、面会者が入れないエリアにいて会うことができないため、自分に子供ができたということが未だ夢うつつ。  妻とは隔日で5分ばかりの逢瀬、自宅に帰っても、特にやることはなく必要以上に掃除をしたり、ベビーベッドを組み立てるなどしながら、時間を潰すようにフワフワとした日々を過ごしました。なお、現在は第3波の拡大によって制限がさらに厳しさを増しており、洗濯物なども配送を介してのやりとりとりとなっており、一目さえ家族に会うことができない状況だそうです。
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体験が不足したまま実戦に突入
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