「報じるに値するもの」を嗅ぎつける記者の嗅覚とは何なのか? 見落とされた安倍前首相の答弁

「岩盤規制に穴をあけるには」

 山本編集長が麻生大臣の答弁ぶりを見て抱いた違和感は、筆者がもし同じ場面を見ていても、持てなかっただろう。他方で、筆者だからこそ国会質疑を見ていて「異なるもの」に気づいた場面がある。2018年1月29日の衆議院予算委員会における、働き方改革をめぐる立憲民主党・長妻昭議員と安倍首相のやりとりだ。  筆者はこの質疑を衆議院インターネット審議中継でリアルタイム視聴をしながら、ツイッターで実況していた。その中で、大きく注目した安倍首相の答弁があった。  長妻議員が、「労働法制を岩盤規制とみなして、ドリルで穴をあける、そういう考え方は改めていただきたい。労働法制は、規制を強めるべきところは強めることで、ゆとりのある働き方が生まれ、結果として労働生産性も上がっていく」という趣旨の問いかけをおこなったのに対するものだ。 ●安倍首相:その、岩盤規制に穴をあけるにはですね、やはり内閣総理大臣が先頭に立たなければ、穴はあかないわけでありますから、その考え方を変えるつもりはありません。  それとですね、厚生労働省の調査によれば、裁量労働制で働く方の労働時間の長さは、平均な、平均的な方で比べれば、一般労働者よりも短いというデータもあるということは、ご紹介させていただきたいと思います。  インターネット審議中継では5:19:03より、国会会議録では130以降、国会パブリックビューイングが制作した番組「第1話 働き方改革―高プロ危険編」では6:20からがその部分だ(ただし、国会パブリックビューイングの映像は、安倍首相答弁の前半部分まで)。  この安倍首相の答弁は、どちらも違和感を抱かせるものだった。このうち後者については、これが調査データを不適切に比較したものであることを筆者が元の報告書を確認して一連のWEB記事で指摘し、長妻昭議員らが国会で追及を深めたことによって安倍首相が2月14日になって答弁を撤回するに至り、大きく注目される事態となった。 ●(時時刻刻)首相、異例の答弁撤回 裁量労働制、野党批判受け 労働時間データ「比較できない」:朝日新聞デジタル2018年2月15日  その後、比較が不適切であるだけでなく元の調査データにも異常値が多数見つかる事態となり、裁量労働制とはどういう働き方であるかの紹介と共に民放テレビの朝の時間帯でもそのデータ問題が取り上げられていき、2月28日深夜に安倍首相は働き方改革関連法案から裁量労働制の対象拡大を削除するに至る。

答弁撤回/法案一部削除だけじゃなかった「注目すべき点」

 答弁の撤回も法案の一部削除も、異例の事態だったが、その端緒となったのは、「こんなデータがあるのだろうか?」という違和感だった。そしてその違和感は、裁量労働制の方が労働時間が長い傾向にあるという調査結果を筆者が事前に把握していたために抱けた違和感だった。同日に筆者は“安倍首相が、平均で見ると裁量労働制の労働者の方が一般の労働者より労働時間が短いというデータもあると語ったのは何の調査なんだろう。長妻議員が語ったJILPTの調査では、平均でも裁量労働制の方が長い。下記で、専門業務は203.8時間、企画業務は194.4時間、通常は186.7時間“とツイートしている。  と同時に筆者は、「岩盤規制に穴をあけるにはですね、やはり内閣総理大臣が先頭に立たなければ、穴はあかないわけでありますから、その考え方を変えるつもりはありません」という安倍首相の答弁にも大きく注目していた。なぜなら、働き方改革を安倍政権は働く人のためのものだと標榜しており、その建前の裏にある本音がここに垣間見えたと感じたからだ。  しかしこの安倍首相の答弁が朝日新聞や毎日新聞に取り上げられることは、なかった。私はそのことが、残念でならない。
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安倍首相の答弁を見落とさなければ何を報じることができたのか?
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『日本を壊した安倍政権』

2020年8月、突如幕を下ろした安倍政権。
安倍政権下で日本社会が被った影響とは?