このままでは「第2の赤木俊夫さん事件」が起きる<特別対談:ジャーナリスト・相澤冬樹×元経産省官僚・古賀茂明>

「手遅れですよ、手遅れ」

相澤冬樹氏

本サイトでもお馴染みの相澤冬樹氏

相澤:実は今日(10月16日)の対談に先立ち、池田さんの自宅を訪ねてきたんです。音声データが公表されると、彼はメディアの取材攻勢にさらされる。雅子さんは池田さんだけでなく「そのご家族も大変な思いをするのではないでしょうか」と心配していらしたので、そのことだけは彼に伝えたかったんです。 古賀:どんな反応でした? 相澤:驚きました。雅子さんの気持ちを伝えれば池田さんも少しは気持ちが楽になるのかと思っていたんですが、開口一番出てきたセリフは「手遅れですよ、手遅れ」というものでした。音声を公開しておいて、そんな気遣いされても遅い、ということでしょう。しかし、赤木さんは池田さんに休日に呼び出されて、改竄を手伝うはめになったんです。つまり、赤木さんのご遺族からすれば、池田さんは加害側ともいえる。「手遅れ」などという言葉を彼を気遣う雅子さんに直接言えるのか、と憤りを感じましたね。 古賀:何だか、追いつめられていますね。池田さんも赤木さんのようにすべてを明らかにすれば、それ以上追いつめられることもなく、楽になれるのに。もっとも安倍政治を引き継いでしまった菅政権のもとでは、そんなことできるはずもないか。 相澤:日本学術会議の任命拒否問題を見ると、人事権をテコに政権に都合の悪い人を排除しようという政治手法は、菅政権になってさらにバージョンアップしているかのようです。何もできませんよ。ただ、池田さんはこのままでは幸せになれないなあ。彼は加害側とはいえ、近畿財務局の現場の役人にすぎなかった。大きな枠組では赤木さん同様に改竄をさせられた被害者でもあるんですよ。

「弱い人」になってしまった官僚たち

相澤:古賀さんも経産省のキャリア官僚だったから聞くんですが、なぜ、官僚はこんな体たらくになってしまったんでしょう? 僕の若い頃の官僚のイメージはいけすかないけど、とにかく優秀な集団というもの。ダメな政治家に代わって日本を支えていると、それなりに敬意の対象だったんですけどね。 古賀:私も同じ問題意識を持っていて、今回、『日本を壊した霞が関の弱い人たち 新・官僚の責任』という本を書き上げたんです。安倍政権で今井尚哉前首相補佐官など“官邸官僚”と呼ばれた人たちが官邸を牛耳ってアベノマスクを配ってみたり、菅政権でも日本学術会議の6人任命拒否に、警察庁出身の杉田和博官房副長官が主導的な役割を果たしていたと報じられたりと、世間では官僚を影の支配者のようにみる風潮があるけど、そうじゃない。全体的には「弱い人」の集団に成り下がっていると考えています。 相澤:佐川元理財局長も「弱い人」の典型のひとりですか? 古賀:そう。森友学園の国有地売却に佐川さんはいっさい関わっていない。自分が傷つくことはないんです。だから、問題が発覚した時、自分が知りもしないことに責任なんて負えるか、と居直って森友関連の決裁文書をそのまま国会に提出すればよかった。でも、そうするだけの勇気がなかった。結局は政権に忖度し、自らの判断で公文書の改竄を指示してしまったのです。 相澤:雅子さんがこう言っていました。「官僚はとても難しい試験をパスしてお役所に入った人たち。そんな頭のよい人がたくさんいて、どうして誰も公文書の改竄がいけないこととわからないの。俊夫さんは、学はさしてないけど、改竄がいけないことくらい、ちゃんとわかっていました」と。 古賀:官僚をやっていると、こっちに行けば国民の利益になる。でも、もう一つの道を選べば国民の利益にならないけど、自分や省の利益になる。さて、どっちを選ぶというシーンによく出くわすんです。特に天下り先の利権を守る時なんてそうです。官僚は一部でなく、全体の奉仕者ですから、そういう時は自分や役所が損しても国民全体のためになる道を選ぶべきでしょう。その強さと覚悟が官僚には求められているんです、なのに、それができない公務員が多いというのが実情です。その結果、彼らの行動が国を壊してしまっている。本のタイトルにもなっている「弱い人」とは自分を律することにおいて「弱い」という意味なんです。例えば、佐川元局長も本心では「改竄はまずい」と思っていたはずなんです。でも、忖度をして改竄をやり、政権を守った。そうすると国税庁長官に出世するわ、麻生太郎財務大臣からは「適材適所の任命」とベタほめされるわで、引き返せなくなった。すべては自分を厳しく律することができなかったために起きたことです。 相澤:佐川元局長から自責の言葉が聞かれないのが残念です。佐川さんは18年3月12日に国税庁長官を辞任していますが、その辞任理由に赤木さんを死なせたことへの反省はない。でも、辞任は赤木さんが自死した3月9日の直後のこと。誰が見ても辞任と赤木さんの自死は直結している。だけど、それはおくびにも口にできない。自分を律せなくなったとしても、せめて辞め際には部下を自死に追いやったことへの反省の言葉がほしかったと、今でも思いますね。
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「弱い」を前提に官僚組織を再構築する
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